旅に出た理由

 同室のマルさんがプノンペンへ帰ったのを機に宿を移した。そこに、カメラを抱えていつもひとりで出かけていく日本人の男がいた。

 おそらくまだ二十代で、眼鏡の下にすこしきつい目を持ち、すげ笠をかぶり、バイタクを雇って精力的にアンコールワットの撮影にまわっているようだった。今度ニコンで個展を開きたいというのでどうしてかと訊くと、「ハクがつくからさ」と彼はためらいなく答えた。

 ある日、テラスでぼくが昼食中に彼がやってきて、腰をおろすと開口一番、ぼくの後ろに座っていた白人のことをあのガイジンはたぶん日本に行ったことがないと断定した。どうしてわかるのかというぼくの問いには答えず、彼は薄笑いを浮かべた。
「だいたい、日本に来たことがあるかどうかで奴等のクラスがわかるよ。あいつは行ったことないね」

 彼の注文したビールを持ってサルゥが階段をあがってきた。サルゥが栓をあけると、泡が勢いよくあふれ出てテーブルと床にこぼれた。
「拭けよ早く」彼が苛立った様子で言った。

 サルゥは何を言われているのかわからないという表情で彼を見ている。「拭けよここ!」と彼がとがった表情で指をさすと、やっと理解したサルゥは拭くものを取りに去った。
「あいつ今まで何も考えずに生きてきたんだろうなぁ」彼は呆れたという調子で口の端を歪ませた。「ただ田舎で好きなだけ遊んできたんだろうね」

 サルゥは、このゲストハウスの食堂で働いている若い――たぶんまだ十代の――男だった。田舎から出てきたばかりらしく英語はほとんどできず、食堂のメニュー以外の意思疎通は難しかった。ここの多くの若者のように、彼もわずかな賃金から授業料を払い、英語教室に通っていた。夜が更けると食堂の旅行者の前でときどきテキストをひろげ、すこし得意げに声を出して読みはじめる。しかしそれはどう好意的に解釈しても英語には聞こえなかった。あまりの下手さを見かねてぼくたちが教えても、ざるに水を流すがごとく抜け落ちてしまう。記憶力だけでなく勉強の要領の悪さも傍目にあきらかで、ごく基本的な日常会話の習得でさえ程遠いと思われた。英語では数字さえままならず、料理の注文時もきちんと指で数を示さないと、ひとりなのに同じ料理を二皿運んできたりする。それくらいならまだご愛嬌だが、会計もいい加減で、チェックアウト時にまとめて支払うきまりの食事代やビール代を彼はよくつけ忘れ、それをいいことに知らんふりを通す客もいた。

「こいつどうやって生きてきたんだよ」すげ笠の彼は目の前でテーブルを拭くサルゥを嘲った。「悪い奴じゃないんだろうけどさ、こいつ抜けてるよ」

 すげ笠の目つきに良からぬ雰囲気を感じたのだろう。サルゥは少し離れた場所からさぐるような目でこっちをうかがっていた。そこから去りたく思いながらぼくが黙っていると、すげ笠はゲストハウス経営の話をはじめた。自分はこんなヤツ雇わずにもっと完璧にする、日本料理と古本とBSを持ってきて、日本人の客だけを相手に……。

 彼はガンジャに火をつけた。椅子に浅く座って上を向き、深く煙を吸い込み、大きく吐きだす。しばらくして彼が言葉を発した。
「何で旅に出たの?」
「何でかなぁ」とぼくは言った。「何でやろ……」

 日本を出る前からそれは混沌としていて、他人に聞かせられる動機などなかった。あえて言うなら「ただ何となく」がいちばんしっくりくる気がする。もう少しもっともらしく理由付けするなら、「閉塞」かもしれない。今の日本に蔓延している生の薄っぺらさと、消去法のようにそれに寄り添う自分の、どうあがいても外に突き破られることのない閉塞感に嫌気がさしていた。とりたてて毎日に不足はなくとも、目の前のものが有意に動いていく実感がない。何となく楽しく流れ、何となくつまらなくすぎていく日々を蒸留すれば、そこにたちあらわれるのは「希薄」という言葉だった。機械的な行為、反射的な選択、時間の圧迫感と反復的な毎日が、ますますその感覚を増幅させていく。経験を重ねるにつれて、自我を傷つけないよう巧妙に無意識的な回路が形作られる。頭では何もわかってないと考えはしても、すでに地平線の向こうにあるものを見てしまったかのような感覚にとらわれる。そうやって物事を受け流しながら、ふと気づく。ぼくは傷つかないだけでなく、どんどんと感じない人間になっているのだ、と。いつしか、心からわくわくすることがなくなっている。わき起こる欲望も願望も中途半端で取るに足らないものに感じられ、実際にその大半は持続力のない、思いつき程度のものでしかなかった。街に手がかりを探しても一時的な娯楽を超えるものはなく、市場経済のなかで他人にかきたてられる欲望には核が欠落している。過剰にあふれているようでも、ここには見つけられず、対象は買えないのだ。かといってそれを否定してみたところで、自己の空虚がより深く、くっきりと覗き見えるだけだ。ぼくはその闇い洞穴に降り、手探りで這いまわった。

 そんな日々が息苦しくて、目に見える変化をぼくは望んでいたのかもしれない。縛られている価値観や意味から自由になりたかったのかもしれない、たとえ一時的であろうとも。けれど、旅に出たからといって安直な処方箋など見つかるわけもない。このご時世に目的もなく海外に出かける酔狂さは自覚していた。さまざまな交通網が世界を覆い、電波が飛び交い、電話線でつながり、情報があふれる時代だ。外の世界で問題をぼやかしてしまうのではなく、この日本にいる自分と向き合わなければならないはずだ。しかし、他に選択肢も見当たらなかった。危機感はあふれ、感覚は鋭敏であるはずなのに、自分が何を抱え込み、どこに問題の根があるのかがぼんやりしていた。日々さまざまなことを感じ、考え、ときに激しい衝動にかられもするが、どれも断片にすぎない気がした。

 出発の日が近づき、片付けなければならない雑事の慌ただしさの合間に、意味への疑念がゾンビのように頭をもたげた。ぼくがしようとしていることはやはりだ。その後の当てもなくいたずらに費消するだけとわかっている日々に自分を埋没させることが、これまでの無意味だったように思える毎日とどれだけの違いがあるのだろう。ところが、では今の自分にとって意味あることとは何なのかとまた思い到る。そんな旅のはじまりだった。

 ぼくは黙って空を眺め、すげ笠の彼は放心したように煙を吐いていた。ぼくは洗濯にかこつけてその場を離れた。なぜ旅に出たのだろう。内庭の水の溜められた土管の前でTシャツをシャンプーでごしごしと手洗いしながら、ぼくは反芻した。もちろん答えなど出てこなかった。ただ、旅では何も《得られない》という気がした。そう、得たいものがわからないのに、手に入れることなどできないのだ……。