高みの見物

 早朝、ドーンという衝撃音と同時に悲鳴が上がり、目をさました。昨日のよりは相当大きく、近かった。

 夜を境に、あたりの空気が一変していた。砲声は間近で、人びとの顔に切迫感があった。同室のふたりものそのそと起き出し、「さっきのは大きかったね」などと言い合っている。この様子ではじき食糧も手に入らなくなるだろうと、ぼくは表にパンの調達に出た。屋台のお粥を食べ、念のために腹の薬をもう少し手に入れておこうと、閉まりかけのシャッターから店に入れてもらった。

 部屋に戻るとこれまでとは違う重たい地響きがして、驚いてバルコニーに出た。ホテル前の目抜き通りの奥に黒煙が激しく立ち昇っていた。人びとは建物からベランダや道路に飛び出し、何が起こったのか――何が破壊されたのか――に目を凝らしている。黒煙の太さからすると相当なものが燃えているのだろう。ふたたび表通りに出ると、旅行者の何人かがさかんにカメラのシャッターを切り、なかには一般旅行者とは思えない機材を抱えてうろうろしている男もいる。ぼくはイワタさんを見かけて声をかけた。
「丘があるんでそこまで見に行きましょうか?」

 荷物をバイクやリヤカーに積み、持てるだけの物を抱えた人の流れをぼくたちは逆に進んだ。銃を抱えた兵士や警官たちがあちこちに立っている。急迫した状況だろうにもかかわらず、すれ違う大勢の人の流れがやけにゆっくりに感じられた。

 呼び止めたバイタクの後部座席にまたがって走りはじめると、瞬く間に人の姿は減った。あたりは時をとめてさかのぼるような奇妙な空気に満ちていた。モニボン通り北の寺院のある丘なら安全に状況が一望できるだろうと考えていたが、その方角はぼくの勘違いだった。そう伝えると、イワタさんは構わないという様子でうなずいた。炸裂音とともに視界に新たな黒煙が噴き上がった。バイタクの運ちゃんはバイクを停め、ここで降りてくれと示した。

「ノーノー、ノットストップ、ゴーゴー」
 イワタさんが促しても、後込みしてもう一メートルたりとも進もうとしない。バイタクで進んだのは三、四百メートルといったところで、イワタさんは早々とあきらめてバイクから離れ、道の反対側に渡ってポケットカメラを黒煙に向けた。大きな家の門前で中年のおっさんが険しい表情で煙を見つめていた。ぼくは煙を指してここから近いのかと訊ねると、白いカッターシャツを着てよく日に灼けたおっさんは冗談じゃないといったふうに首を振って門のなかに入っていった。近くの屋敷の前では、華僑らしき家族が深刻な顔で言葉を交わしている。話しかけようとして、英語が通じそうにないのでやめた。まわりの家々は固く門を閉ざし、誰かがまだいるのかすでに避難してしまったのかわからない。

 道の奥に並んだ樹々の向こう――おそらく戦闘場所――では何が起きているのか。機関銃の連射音が鳴り響いていた。黒煙まで近いように感じられるが、おそらく一キロはあるだろう。路地では、軍服姿の男が十数人、家からトラックに何かを積み込んでいた。椅子に座る者、奥で歩き回る男たちもいる。引き寄せられるようにさらに進むと、検問用なのか封鎖用なのか、軍服を着た集団がバリケードを道に作りかけている。まだ完全に封鎖しておらず、見咎められるかと思いきや見向きもされなかった。

 緑の繁った樹々――おそらく住宅街と空港用地を分ける中間地帯――まで数百メートルというあたりで、人影はほぼなくなった。身ぎれいな服装のカンボジア人の青年四人だけが、何のためか、ぼくたちと同じ方向へ歩いていた。彼らの後ろ姿に、こんな状況ではいつ襲われて身ぐるみはがされてもおかしくないという思いがかすめた。ところが、ほどなく彼らの足どりは極端に遅くなり、追い抜かさざるをえなくなった。振り返ると、彼らはびくびくしながら歩を進めている。追い剥ぎなどとんでもないようだった。

 突然、すさまじい空気の震えとともに轟音が響き渡った。追いかけるような地響きと、空をつんざくように走る砲弾の甲高い音。皆それぞれに逃げ散り、物陰に隠れようとしたようだったが、ぼくはただ腰を低くし、空を見回すしかなかった。四方に音を追いかけても、どこから飛んでくるのか、どこへ飛んでいくのかまるで判別不能だ。音が聞こえてから、硝煙が見えてからでは遅すぎる。木陰や壁際に身を寄せたとしても、近くで炸裂すればひとたまりもないだろう。間を置かずしてまた破裂音が轟き、強い空気波に腰を押された。残響に包まれながら、こんなところにのこのことやってきた愚かさをようやく思い知った。

 なおも先に進もうとしていたイワタさんに声をかけ、ぼくは来た道をもどりはじめた。自分のを省みれば、カットジーンズにTシャツ、足元はサンダル履きで、こんな場所をうろつく服装ではなかった。走らず、足早に歩く。ときおりバイクがぼくの横を走りすぎていく。振り返ると、戦場から離れようとしているバイクには二人か三人がまたがっており、ひとり乗りの者も全速力で、手を挙げても停まってくれそうにない。スタスタと歩きながら、さっきのような恐怖感はなかった。また新たな重低音とともに空気が震え、十字路にいた男が声をあげて北の空を指した。うすい灰色の硝煙が空を横切っていた。

 同じ方向へ歩む人の姿が見えはじめた頃、名前を呼ばれた。バイクの後部座席にイワタさんがまたがっていた。
「乗っていきますか!」

 加速するバイクの後ろで振り返ると、黒煙はまだもうもうとあがっている。しかし安堵があった。ぼくはまた傍観者に戻り、不可思議なもののようにその光景を見つめていた。現実感は薄く、なぜかその煙は戦闘によるものには思えなかった。

 NHKの正午の衛星ニュースのためにカフェに入り、スプライトを飲みながら一〇時を待った。壁の貼り紙には、材料の市場価格が三倍になったため料金を二倍にするとある。相席した中国人は定食を食べながら、自分なら三倍にするしリエルなんかも受け取らないと店主の奥さんを揶揄した。そんな彼のシャツの腹にはこぼし染みがくっきりとついている。別のおっさんはクッキーを四袋抱えて席に座り、二倍だったと秘密を打ち明けるように言った。今はテレビ放送が入らないらしく、ニュースが見られないならと店を出た。飲み物は通常価格で、二倍なのは食べ物だけらしかった。

 パンや大半の屋台は二倍に値上がりし、明日になれば三倍になるなどと、誰も否定しようのない予想を声高に触れまわる者もいた。近所の商店でも一切合切が高騰していて、店頭に立つ店主の娘がどんどんと値を吊り上げていた。しかもリエルはけっして受け取らず、ドルを寄こせと威丈高に言い放った。

 昼すぎ、外路で二発の乾いた銃声が鳴り渡った。バルコニーに出ると、ホテル前の道を尋常ではないスピードでトヨタの白いセダンが走り抜けていく。狂ったような加速に後輪が空転し、甲高い音が空気を鋭く削った。その音を追いかけるようにズドーンという砲声が近くのモニヴォン通りから響いた。通りの人影はあっという間に霧消し、あたりは一気に緊迫感に包まれた。部屋の窓からそっと窺うと、ロケットランチャーを抱えた兵士が通りを駆けていった。

 砲弾音や機銃の連射音は珍しくなくなった。ぼくたちの部屋の横のバルコニーは道路に面し、視界が広く遠望もきくため、他の宿泊客が大勢集まってくる。皆、用心しながらも、物珍しさに写真を撮ったり、新たな騒ぎを期待するかのように通りを注視していたが、大きな砲音が遠のくと、ひとり去りふたり去っていった。ぼくはベッドに横たわり、うとうとして目がさめると夏目漱石の「彼岸過迄」を読んだ。もう朝の体験で充分だった。体がだるく、動く気がしない。

 午後になると、表通りに人の姿が戻りはじめた。それで国際電話の復旧を確かめようと三人で外に出て、交差点近くの公衆電話に近寄りかけると、大きな砲音が轟いた。二人は浮足立ち、タクさんはだいぶ後ろで逃げ腰だったが、交差点の哨兵は平然として動じる様子もない。それで、ぼくが体感した朝の爆音も兵士にしてみればどうってことはなかったのかもしれないと思った。電話回線はまだつながっておらず、三割値上がりしたスポーツドリンクを手に部屋に戻ると、またベッドに横になった。

 外が薄暗くなると砲音は減った。隣室を訪ねると、イワタさんと部屋をシェアしている学生が一九時のNHKニュースの内容を教えてくれた。しばらく長引きそうな口調だったという。溜め息をつくぼくたちの前で、イワタさんは口元をほころばせていた。
「いやぁ、タイに入国できなくてよかったですよ。フキンシンですけど、あんな迫力のある体験したことないですから」
 首にかけたタオルで汗を拭きながら、よかったとイワタさんは繰り返した。クーデターの起きたトルコでは戦車が通りを走っていたし、アフリカのタンザニアでは戦車にワゴンを護衛してもらいもした。しかしこんな音はなかったし、市街戦もなかった。
「もう南アメリカへ行く気しなくなりましたよ」イワタさんは目をパチクリさせ、愉快そうに言った。「ここでこんなサービスされちゃあ、その後で南アメリカへ行ってもぜんぜん刺激がないって感じだから」

 自室に戻ってドリアンを頬張っていると、思い出したように低く鈍い音が聞こえてくる。部屋にはタクさんのウォークマンにつながれた小さなスピーカーからテクノが流れ、無機的な音が満ちていた。外の出来事とこの部屋の空気のギャップには、朝、遠ざかるバイクから振り返ったときのような奇妙な浮遊感があった。同様に、各人のこの状況への処し方にもズレがある。これをサービスだというイワタさんとは対照的な、夕方ホテルの玄関先で見かけた若い白人の顔を思い出す。何を見ていたのか、まるで怪鳥に肩を鷲づかみにされて空を運ばれるかのような焦点の合わない目で、傍目にもあきらかなほど動揺していた。ぼくはふと、自分が旅をはじめたときのことを思い出した。そう、ぼくだって同じように、心を震わせて運ばれていたのだ……。