出航

 港に航跡をのこし、上海が遠ざかっていく。

 先に乗船した二隻からすると桁違いに清潔な蘇州号には、スーパードライの自販機まで設置されていた。四人部屋に客は二人だけで、当初は快適そのものだった。けれど外海へ出ると大きく揺れだし、船酔いでベッドに寝ている他なくなった。

 翌朝、レストランでひさびさの洋風の朝食を前に意気込んだものの、暖かいパンを一口かじったとたん吐き気が戻った。昨晩一食抜いたために食欲はあったけれど、サラダに少し口をつけコーヒーをすすって早々とレストランを出た。揺れはなおひどく、便所によろめき入って嘔吐してもほとんど何も出ない。部屋で横になったものの、揺れは一向に弱まらなかった。酔い止め薬をもらいに部屋を出ると、手すりなしでは歩くのもままならず、ロビーには誰の姿もない。薬を手にして戻る廊下で、ぼくは吐き気を我慢して目に涙を浮かべながら手すりにしがみついた。笑いがこみあげた。今朝、夜明けの海を見たいなどと思っていたけれど、それどころではなかった。思い描いたことがその通りにいかず、あっけなく打ち砕かれる。それが逆に愉快だった。そういえば、旅のはじまりも嘔吐だった。

 三日目の早朝、すっきりした気分で目覚めると、揺れはほぼなくなっていた。体調もすっかり回復していた。早すぎるとわかりながら、ぼくはそっと部屋を出た。デッキに通じるドアをあけると空も海も真っ暗で、船腹が波をはじく音と潮気を含んだ風だけが海の存在を示していた。午前中に大阪の南港に到着予定だった。けれど、旅が終わる実感はなかった。これまで何度切り上げて帰ろうかと思ったかわからないくらいなのに、結局そうせず、今もってやりつくした感もない。いや、まだほんの入口に立ったばかりという気さえする。ぼくが五か月かけて訪ねた場所はわずかで、世界はほんとうに広大だった。

 そもそもはじめる理由さえ不明瞭な、懐疑のなかからの出立だった。安易な期待を戒めていたがゆえに、旅では何も得られないだろうと思いながら、ぼくは自分がにいる意味を問いつづけた。けれど、旅のシンプルな日々のなかでは、自分がこれまで抱え、守り、うしなうまいとしてきたものの多くは必要ではなかった。そこから解き放たれたとき、頭のなかに渦巻いていた思考もまた削ぎ落とされ、溶け落ちていた。そこにひっそりと残ったのは、世界の懐の深さと、ただ与えられているという感慨だった。その充足のなかでは意味など重要ではなく、旅は手段ではなくなった。

 ぼくの目の前には、社会の不条理と多様な生の豊沃ほうじょうがあった。厳然たる生活のなかにも、日本とは比較できない鷹揚さや伸びやかさがあった。手で触れられる距離にある人々の姿にぼくは安堵し、うなずくような気持ちになった。これでいいんだ、どう生きたってありなんだ、と。彼らのふるまい、喜怒哀楽の表情、家族の情景、先の時間の関与しない今を生きる姿。そこに生の本質が仄見ほのみえた気がして、そしてまた、同じく川面にぷかりと浮かび流されていく自分の姿に気づく。自分とは、今という生命の川に浮かぶ存在にすぎず、それ以上でも以下でもないことに。この生命こそ旅そのもので、それはつねにからへの歩みだ。自らの今を運ぶ旅人は、白紙の旅程を手に、誰かに強要されることも、委ねることもなく、旅をする。ただ、流れるように、漂うように。そう、旅に出る理由など必要なく、旅をする理由なんていらなかった。ぼくはここにいて、旅はつづいていく。