彼らの問題?

 同じドミのモリさんと外で立ち話をしていると、フランス人カップルがやってきた。男の挨拶に愛想のいい笑顔を添えた女の態度が意外だった。彼らは、バスの切符を買ってくれないかと切り出した。
「徳欽行きのを今朝買いに行ったんだけど、駄目だってきっぱりと断られるんだ」

 ぼくが男の言葉を訳すと、モリさんが「そうだろうね」とうなずいた。ぼくはよく知らなかったが、西洋人はまず不可能らしい。日本人なら大丈夫なんじゃないかという男の言葉に、モリさんは困惑顔で唸った。金を渡すから買ってきてくれないかという男の発言に付加するように連れの女が浮かべる笑顔に、現金なものだと思った。昨晩、道で声をかけたときは女は顔をそらしたまま終始無視という態度だったのに、今朝になって一変した媚びた作り笑いがあざとかった。

 難しいんじゃないかと答えたモリさん自身、昨日手品氏と徳欽行きのバスに乗ろうとしたが満員で乗れなかったのだという。しかし彼らはあきらめず、ぼくたちの色よい返事を待った。

「この宿の中国人に頼んだほうがいいと思うんだ。その方が確実だよ」
 ぼくはなんとなくほっとしながらモリさんの言葉を伝えた。残念そうに彼らが去ったあと、かわいそうだったかなとちらりと思いもしたが、やはり彼らの態度には何か違和感をおぼえた。麗江のドミで数日いっしょだったときも、彼らは誰とも話さないばかりか意識を注ぐ様子もなかった。まわりの人間を壁や家具のごとく捉えている気配が露わで逆に注意をひいたほどだ。

 午後、バスターミナルに向かう途中でモリさんと出食わした。明日の徳欽行きのバスを確認しにいくというので、ぼくも明日大理に戻ろうと思うと伝えた。
「北には行かないの?」
「また今度チベットに行くときでええかなと思って。モリさんはいよいよここからですね?」
 そうなんだけどさ、と歯切れ悪く答えたモリさんは中国は数回目で、前にここにも来たことがあるらしい。これまでチベットにはなかなか近づけなかったが、今回は徳欽経由で未解放地区を北上するつもりだった。ところが同じルートを行く旅行者が増えて当局の目が厳しくなっているのだという。それでも、今朝ひとりで再チャレンジした手品氏が帰ってこないところをみると、必ずしも無謀な試みでもないのだろう。ただ徳欽から先はバスがなく、ヒッチでトラックを乗り継ぐあいだ見つからないよう注意していなければならない。以前なら公安への袖の下も通用したが、最近は見つかれば終わりらしい。人目をしのんで泊まった宿で密告されてもゲームオーバー、たどりつけるかは運次第というのが大方の見方だった。ただ、ぼくと同様モリさんもルートにこだわりはないらしかった。

 同じくチベットを目指していた寿司氏は、同室の中国人と喧嘩になって頭からひどく流血していたそうだ。それも互いに酔っ払ってのことで、取っ組み合いの末にビール瓶でなぐられたか、割れた瓶で額を切ったかという騒動だったらしい。そして、無礼な中国人に先に手を出したのは寿司氏だという話だった。ただそれはあくまでも又聞きの噂にすぎず、翌日には宿から姿を消したという彼の消息もわからない。

 ぼくたちがターミナルに着くと、入口の階段に朝のフランス人カップルが疲れをにじませた顔で座っていた。チケットなしでとりあえずやってきて一日ねばってみたが、結局乗車できなかったという。
「明日か明後日のチケットも無理なんだ。外国人は駄目の一点張りで売ってくれない」
「日本人なら通るんじゃないかと思うの。買ってくれない?」

 男の言葉に女が追従笑いを重ねて言ったが、モリさんはたぶん無理だと思うと答えた。それでもいいからと頼み込まれてしぶしぶ引き受けたものの、顔を覚えられて自分の分が買えなくなるのが怖いのだという。窓口には、徳欽行きは外国人には販売しないと英語で明記されていた。しかし公には徳欽はもう開放されているはずだ。モリさんは中国語にも慣れていて、上着も人民服だった。ところがねばっても窓口の係は首を縦に振らず、単に席がないだけなのか他の理由があるのかはわからなかった。外に出て結果を告げると、カップルは憔悴した顔に弱々しい笑みを浮かべた。