ささやかな決心

 ドミは珍しくがらんとしていて、客はもうひとりとぼくのふたりだけだった。繁華な通りから離れているためか、この宿は静かだった。広く清潔な部屋には、ベッドマットがフローリングの床に八つ置かれている。オーナーはもともと現代アート専攻だったらしく、壁には彼の作品ではないが大判の写真がかかっている。

 大きな窓の向こうで、空は厚い雲で覆われていた。ここにきた当初は晴れていたが日ごとに雲が増え、雲間に覗いていた青空も昨日ついに見えなくなった。日記のノートを開くと、なぜかナナさんの顔に以前の会社の先輩の面立ちが重なり、顔だけでなく口調まで思い出せなくなった。仕方なく、前に人にもらった社会地図帳を開き、はじめて中国のページを眺めた。目を引く地名はなく、何の思いも起こらない。史跡への興味も、どこかで新しい何かに出会える予感もない。だからといって即刻帰国したいわけでもなく、宙ぶらりんな気分だった。旅行者に不評の「最低の人間」を見てやろうと考えたこともあったが、そんな動機づけはつまらない。耳にした悪評は、ただそれだけのことだった。他人にとっての是非よりも、はたまた自分がここで何をするかよりも、なぜここにいて、何を感じているかの方がぼくには大切だった。しかし、重い気分でここにいる理由を考えても、頭に浮かぶのは、意味のない流れで何となくやってきた{■これ、あとで同じ文脈の結論として、そうではなかったということを記述する}、ただそれだけだった。ふと気がつくと、ぼくはまた旅の振り出しに戻っていた。いや、もともとそこからどこにもたどりついていないことに気づいただけかもしれない。地図帳を眺めながら唯一わかったのは、これまで一〇〇日あまりかけて自分がたどった国々と場所の占める面積の小ささだった。

 食事しようと宿を出て道往く人々の顔を見ながら、ぼくは思い起こしていた。もともと、他の旅行者から耳にしたステレオタイプな中国像に疑問を感じたのが、ここを旅する唯一のとっかかりと言えるものだった。評判はおおむね否定的で似通っていた。扉のない汚いトイレ、砂塵や煤煙で汚れた町、やる気のない店員は「没有メイヨー(ない)」ばかりで、人民はどこでも痰を吐き喧嘩腰の口調……。最初は自己の旅への懐疑に重ねながら、そんな国へ入ることに迷いがあった。けれど考え直したのだ。百人中九十八人が悪く言うならなおさら、安易にそのイメージを取り込まず、自分も同様か感じ抜いてやろう、と。ハノイあたりから、ぽつぽつと中国はいいと耳にしはじめた。けれどその評価を合成したイメージもふくらまなかった。良し悪しは表裏一体なのだから。他人の意見にはもうあまり関心がなくなっていた。

 それで中国に入った当初は、目にしたものを他の旅行者の評価に重ねず、自ら咀嚼しようとした。安易に同じ批評でやりすごすなら、ぼくがここにいる必要はない。それで、ぼくはナナさんたちにさえ距離を置き、より深い場所に降りていこうとした。しかしそれは初っ端だけで、体調が悪化してからは閉じた世界の安逸さに惰眠を貪るばかりだった。宿にこもっていても用は足り、誰かと意識的にコミュニケーションを取ることも、自我の殻を開くことも、境界線を破ろうともしなくなった。一時的に抱いた危機感も、今はもうない。ぼくは中国を深く知ろうとも、人間をじっと見つめようともしていない。人への興味がしぼんでしまっているのだ。

 適当な店が見つからず菊屋に入ると、ぼくは置かれていた情報ノートを部分的に写しはじめた。なにをしているのだろうと自問していた。今行きたいわけでもない場所のことを書き写していることが解せなかった。ノートを閉じ、チベットの本をパラパラとめくってみた。ここから北上すればチベットがある。しかしそこを訪ねても、ここにあるものとは精神性に触れられるとは思えない。同じだ。わかっている。ぼくは冒険や神秘を求めているわけじゃない。名所旧跡を訪ねたいわけでもない。いわば一方的な経験や記憶ではなく――、求めているとすれば相互の関係とつながりのようなものかもしれなかったが、ここにはその第一歩の、理解したいと思わせる対象がない。つまりは、ぼくのなかで愛情が失われているのかもしれない。

 帰途、南門には観光バスが横付けされ、大勢の中国人観光客が歩きまわっていた。ぼくは彼らにまぎれ、さも中国人であるかのような態度で茹でとうもろこしにかぶりついた。たくさんの粒を一気にかじり取り、噛み、そしてまた齧るという動きを機械的に反復しながら、人々の姿をじっと見つめた。

 宿の中庭のテーブルに座り、空と山を眺めた。山には厚い雲がかかっていたが、東の雲間には珍しく青空がのぞいていた。ナナさんを思い出そうとするとまた別人の顔が浮かんで重なり、はがれなくなった。彼のことは最初からずっとで通してきた。同齢なのだからもっとくだけた愛称でと思ったこともあるけれど、結局変えられなかった。暗くなった空を流れる雲の濃い影の上に彼の顔がやっとよみがえると、再会したらナナやんと呼ぼうとぼくはささやかな決心をした。