震え ダラット

 ダラットに着いたのは、あたりが薄暗くなった頃だった。勝手がわからないまま、ぼくたちはあまり快適さの望めそうにないホテルのツインにチェックインし、町の様子をつかむために買物を兼ねて散歩に出た。雨が降っていたのか、路面は濡れている。市場の横の階段を上ると、テントの下に古着屋が集まり、どこのものかわからない古着がたくさん吊り下げられている。

 ホーチミンとは違い、ここは格段に寒かった。フランス統治時代に、この高地の気候を利用して避暑地として開発された町らしい。しかし避暑どころか刻々と冷え込んできて、ぼくは古着屋でブルゾンを買い、上着を持っていた彼女もトレーナーを探した。濡れた階段をうろうろしながら、二、三度、つるりとした石段ですべりそうになった。旅にはいてきた皮のスニーカーは、この一月で早くも裏が磨耗してつるつるだ。ナオちゃんの足元もおぼつかなかったが、スリップするたび手を取りかけながら思い止まった。そもそも彼女がどういうつもりでここに来たのかわからなかった。最初は冗談だと思っていたのだ。カンボジアのときと同様に勉強の合間の気晴らしかもしれず、お互いの誤解をふくらませるようなことはしない方がいい。

 市場の二階にあがり、食堂の集まった一角に座った。けれどひさびさの冷気のせいか、少しおかしかった体調が完全に悪化してしまっていた。出てきたコムをほとんど残してぼくは箸を置き、ホテルに戻ると冷え切った体をシャワーで温めようとした。ところが湯が充分に出ず、彼女のあとに入ると突然冷水に変わった。洗面台の蛇口もゆるんで水が流れつづけていて、反対に便器の水は流れない。体調不良に加え、寒気と古い設備で気分も侘びしくなり、明日ホテルをかえようとぼくたちは意見を一致させた。

 ぼくの体調はますますひどくなり、ありったけの服を着込んでも悪寒がして震えが止まらなくなった。ふとんのなかで身を縮めながら、顎が勝手に激しく動いて歯が音をたて、頭蓋に不快に響いた。隣のベッドからナオちゃんが声をかけてくれたものの、大丈夫と答えようとしてもきちんと声が出ず、彼女は「どうしよう」と眉をひそめた。ふたりの掛け蒲団を重ねれば暖かくなるだろうが、さすがに言い出せなかった。それでもじき我慢の限界をさとり、いっしょのベッドに寝てくれないかとぼくは頼んだ。布団を二枚重ねるとしだいに体が温まってきて震えは止まり、悪寒も去った。これまで使う機会のなかった寝袋がバックパックの二層目の底に入っていたのを思い出したのはずっと後になってからだ。

 往来のバイク音が夜中も耳につき、腹の調子も悪く、熟睡できないまま六時すぎに目をさました。体調は相変わらずで、しばらくそのままベッドでまるまっていた。それでも、ホテルを変えるために仕方なくだるい体を起こした。

 窓の外の欄干につるしたタオルは水気がまったくぬけていない。ナオちゃんが昨晩市場で買ったものは、一度のシャワーで深紅がピンクに褪色していた。空は灰色一色で、冷たい雨が降っていた。息は白く濁り、ふとんのなかで暖まった体はたちどころに冷えた。ナオちゃんがぼくに気を遣ってシャワーを先に浴びるよう言ってくれた。

 ぼくたちは次の宿をさがした。ここは避暑地であるとともに新婚旅行の人気スポットでもあるらしく、そのためか、割高なホテルが多かった。しかし今は避暑どころか寒すぎる。昨夕バスで最初に案内されたこぎれいなホテルにバイタクで赴くと、昨日は気づかなかったが町の中心部から相当離れていて、徒歩で動きまわるには不便だ。バイタクのおっさんが市場近くの坂の途中にあるホテルに案内してくれ、清潔で広く、料金も手頃だったのでそこに決めた。

 体調はなかなかよくならず、市場の食堂で朝食をほとんど残すと、彼女はしきりに気遣ってくれた。昨日買ったブルゾンだけではまだ寒く、ぼくは古着のアディダスのパーカーを手に入れた。一時間ほど街を歩いていると、おぼえのある雰囲気の道に出た。少し進むとやはり中心部の道とつながっていて、ちょっとした発見でもしたようでうれしい。

 宿に戻り、露天市場で買ったフルーツを食べながら、ふたりで軽口をたたいた。体調は回復したように思えた。けれど昨晩の寝不足もあり、外出せず昼寝することにした。ベッドに寝転がりながら、彼女との会話をぼんやりと思い返した。ここにいっしょに来ることになったきっかけついてだった。ぼくにはおぼえがなかったけれど、絵画のかかったレストランで五人で食事したホーチミンの夜、ぼくのダラット行きをしきりにうらやましがった彼女に「じゃあ来たら」と口にしたらしかった。逆にカンボジアでの彼女の記憶は曖昧だった。ぼくたちはたまたまプノンペンの同じホテルに泊まっていた。ナナさんを介して話をしたのが最初で、ホーチミンに留学中の彼女は休みを利用して観光に来ており、偶然にもぼくの隣の部屋だった。彼女が同日にシェムリアップに向かうと知り、早朝の出発時刻に間にあうよう起きる自信がなかったぼくは、目覚まし時計を持ってきたという彼女に起こしてくれないかと頼んだ。当日の朝、暗闇のなかで目をさますと、約束した五時半の五分前だった。しばらくして隣室でベルが強く鳴り響いた。ずいぶん大きな時計らしい。隣室のドアが開き、ぼくの部屋がノックされると、ぼくは「ありがとう」と答えた。彼女と話らしい話をしたのは、ホーチミンでヤマちゃんの友人のベップさんと知り合ってからだ。ぼくたちは二晩つづけて近所の彼女の下宿を訪ねて外に誘い出し、カフェバーでビールを飲んだ。それ以降、彼女はぼくたちのゲストハウスをときどき訪れ、家庭環境についての深刻な話を打ち明けるようになったのだ。

 目をさますと、隣のベッドで起きあがっていたナオちゃんが寒いとつぶやいた。また外気が冷え込んできていた。外に出ると暗くなりかけていて、天秤棒をかついだ中年男の売るふかし芋を頬張った。市場の横の広場には、夜だけ開かれる屋台が明かりを灯している。雨に濡れたアスファルトの上で客車を曳くロバが蹄の音を響かせていた。声をかけ、ぼくたちは木の座席とビニールの屋根のしつらえられた荷台に乗った。乗り心地が良いわけでも風情があるわけでもなく、中途半端な高さからの風景がきれいなわけでもなかった。準備運動中のタップダンサーのような歩調でロバは湖のまわりをほんの二、三百メートルほど走り、あっけなく終点に到着したようだった。