路傍の花

 滞在者が二人だけの広いドミは冷え冷えとしていた。気がつくと七時すぎで、ふとんに未練を残しながら約束のために服を着込んだ。もう一人のルオさんはすでに出かけたのかと思いきや、よく見るとふとんを頭まですっぽりとかぶって熟睡中だ。

 リオ氏は約束を四〇分すぎて平然とやってきた。六時に起きて写真を撮っていたという。詫びの一言もなく、逆に「昨日も言っただろ?」とおぼえてないのかと言わんばかりの口調だった。
「おれは心が寛いから雑誌のスポンサーの服をいくつか行きずりの子に配ったんだ」
 そのうちのひとりからセクシーねと言われてよほどうれしかったらしく、彼は上機嫌だった。案内を請われたレンタサイクル屋に向かいながらぼくのガイドブックを褒めるので、手に入れた二種類のうち一つはまるで役に立たないと言いかけたら、「その二つをミックスさせてるんだな」と割り込んで結論づけた。そして広場に屹立する毛沢東像に「おはよう!」とおどけた調子で敬礼する彼をぼくは笑って見やった。
 チベット寺院見学に強く誘われたがぼくは固辞し、マウンテンバイク屋の青年に書いてもらった略図に「白沙へ行きたい」という旨の但し書きを漢字で加えた。
「道に迷ったらこれをまわりの人に見せたらいいですよ」
「きみはすばらしい男だ!」

 大げさにぼくを抱擁するリオ氏と別れ、近くの玉泉公園に向かった。たいした期待もなかった公園は、山を背後に寺があり、少し京都を連想させた。透明度の高い泉には細かな気泡が湧き出し、水生植物や魚影がありありと見える。

 日当たりのいい石段に座っていると、向こうに四人の男がやってきて、地面に腹ばいになって何かをしはじめた。クローバーが自生しているので、たぶん四葉探しだろう。ぼくは昆明のドミのテレビで頻繁に見た映像を思い浮かべた。人民解放軍の隊員募集用コマーシャルで、兵士たちが匍匐前進するシーンだ。一方、目の前ではスラックスにブルゾンといういでたちのいい大人が草の上にじっと這いつくばっている。珍妙な光景だけれど、どこか微笑ましかった。

 雲に日射しがさえぎられると、風が肌寒い。帰りかけて、横の山に登れると羅さんが言っていたのを思い出した。最初は早目に切り上げるつもりが、階段脇の小さな花のつぼみを目にしてうれしくなり、どんどん歩を進めた。上着を脱ぎ、頻繁に立ち止まっては後ろの場景を確認し、息を整えた。小さな子供を連れた年輩の男とすれ違った。挨拶すると、返事なく通りすぎた男に手を引かれながら子供が振り返り、ぼくを吸い込むような目で見つめた。

 高みに登るほど静寂が深まり、それは単に音のない状態ではなく、空気の感触として感じられた。眼下には田んぼを縫って道がジグザグに走り、点在する集落をむすんでいる。旧市街の灰色の瓦屋根、街の中心部のビル、ずっと向こうの山々。高所からそれらを見ていると、気泡のように浮かんでくる思考はなくなった。

 入園時とは別の場所から外に出ると、野草が赤い可憐な花をつけていた。何気ない瞬間に、野辺に咲く花を目にできるのがうれしかった。日本ではひさしくこうした風景のなかの自分に気がつくことがなかったから。

 宿に戻ると、ルオさんはまだ寝ていた。起き出した彼にみかんを勧めると、自分のがあるからと首を振った。ぼくがみかんの買い値を言うと、彼は「高いですねー」と日本語で答えた。次にりんごを見せて値段を伝えると、「んー、高くない」と返す。バナナと梨も同様で、羅さんはこの地の相場を知悉していた。

 彼は若年の仙人といった雰囲気の人物だった。ここに来て三週間ほどだが旅自体は七か月目らしい。彼のような中国人の長期旅行者に会うのははじめてだった。いつもなにをしているふうでもなく、夜は誰よりも早く寝床に入り、朝はいちばん遅くまでふとんをかぶっている。手の指の染みや顔の皮膚の老化具合からしてとても三十歳には見えず、栄養状態が悪いか健康に問題のありそうな血色の悪い土色の顔には吹き出物が目立った。彼は何年か広州の貿易会社に勤めたあと、今は貯金を株に投資したり合弁会社に出資して暮らしているらしく、年率三十パーセントのリターンがあるという。前の貿易会社は日本との取引があったので日本語も少し話せるが、今は仕事探しも難しく江西省に家も買ったので、できればこのまま質素に暮らしていくつもりらしかった。彼と同じ広州出身の青年とバスで会ったとぼくが話すと、自分は中国人と世間話をしてもぜったい出身地を明かさないのだと彼は言った。金持ちと看取され狙われるから、と。ただぼくからすればそんな警戒は無用と思えるほど彼はつましく、がつがつしたところもまるでなかった。あるときは味のないパンをかじり、また別のときはホーローの器から冷やごはんだけを黙々と箸で口に運び、そしてフルーツをむしゃむしゃ食べている。度の強そうな黒縁眼鏡のレンズのひびはセロテープで補強されていた。

 後日、冷え込みがつづいたある日のことだ。生姜しょうがと蜂蜜があればわざわざカフェまで行かずに蜂蜜入りジンジャーティーが飲めるじゃないかと思いつき、ぼくは市場に出かけた。前もって羅さんに訊くと、蜂蜜が一〇元、生姜が五角だという。驚いたことに実際その通りの値段だったものの、彼がそれらを買ったことがあるとは思えない。ふしぎな人だった。