立ち昇る煙

 彼はぼくだった。

 母親らしき女をのせて小さな舟を手漕ぎするまだ幼い少年、走り去るスピードボートに向かって河岸から手を振る兄弟、ガソリン補給点にジュースを売りに来る子供、旅行者の捨てたミネラルウォーターの容器を集める幼い子供、南京袋を背負ってクズ鉄や空き缶を拾い歩く少し大きな子供たち。なぜ彼がぼくでぼくが彼ではないのだろう。母親が立ちながらこぐ櫓の音、古びた小舟のなか。高速で走りすぎゆくボートの上の外国人をぼくはじっと見つめている――。

 ボート乗り場に着くとすでに船室は定員いっぱいで、余った乗客は天井にのぼった。ボートが走り出すと風が肌寒く、ぼくは長袖シャツを羽織った。空は薄曇りで、ゆるい日ざしが水面を照らしている。スケールの違う、幅の広い川をボートはひた走った。ときに泥色、ときに灰色にかわる川面から水をかきあげ疾走していく。

 最初こそ新鮮だった風景も、川幅がさらにひろがると視界から人影が消え、変化がなくなった。天井の客は自分の横たわるスペースを確保し、荷物を枕にして眠りはじめた。ぼくもエンジンに近い端の狭い場所に不自然な姿勢で横になり、形の変わらない雲や途切れることのない地平線を眺めた。しかし変化もなく人もいない眺望は退屈だった。トンレサップ川はやがてトンレサップ湖につながるはずだ。地図からするとまだそんなはずもないのに、すでに湖に入ったのではないかと錯覚するほど広く、水の流れは悠然として止まっているようにさえ思える。自分がどこかに向かっていることがふしぎだった。

 ふいに小舟があらわれた。ポツンと一艘、幼い子供がひとりでを操っている。ボートが走り抜けると、その荒波に小さな舟は頼りなげに揺れる。ぼくは起き上がってその小舟を凝視する。どこに行こうとしているのか、川と同じく動の対極にいるかのような彼の向かう先は想像し難かった。しかし、広大な場景にぽつねんとたたずむ姿は孤高を感じさせた。

 そしてまたやってくる。彼はなぜぼくではないのだろう。なぜ彼はそこにいて、ぼくはここにいるのか。ぼくがそこにいて、彼がここにいてもおかしくはないと思えた。彼はぼくで、ぼくは彼だ。母親と弟をのせて運ぶ彼、水上の筏の上に建てられた家屋から妹とともにボートに手を振るぼく、家族とともに川を渡るぼく……。

 気がつくと、静寂に包まれていた。視界のなかのすべてが深閑として、鏡となって空を映す碧い水のような美しさに満ちていた。

 最初に着いたのはフローティングハウスにつながる狭い浮桟橋で、身動きの取れないほどの客引きが居並んでいた。どこで仕入れたのか、乗客の名前を連呼する者もいる。ここから複数の小船に分乗する客を自分の宿に連れて行こうと先取りにきたのだった。

 小さなボートに乗り換え、ゆるゆると細い川をさかのぼった。しかし雨季前で水嵩がないらしく、川の底に舟底が引っかかった。若い船員が水に入り、幅十メートルもない川を横切りながら、通りやすい場所を確認している。ところがどこも同じような水深で、彼は舳先を肩に抱えるようにして持ち上げながら、何とか舟を曳いていった。

 同乗者は、ぼくを含め客が四人と客引きが四人、そしてエンジンを操る船主らしき老人を含めて計九人。客引きのひとりがときどき川に入って船を押すのを手伝ったが、他はただ成り行きを見守っていた。全身ずぶ濡れで先導する船員の姿に、何もせず乗っているのがいたたまれなかった。けれど川に入って手伝う思い切りもない。そうした状況で隣の客引きの絶え間ない勧誘がうざったかった。

 すれ違った上流からのボートに、インド系らしき中年夫婦の姿があった。女は無表情で船尾に腰かけ、男は船首に立って涼しげな目で船員の苦闘を眺めている。その浅黒い肌に光る金色の腕時計。彼らの姿は、腕時計を口にくわえて懸命に舟を進ませる船員とぼくの合わせ鏡だった。この違いは何だろう。そこには、客かそうでないかという立場の差以上のものがあるように感じられた。

 たちこめる排気ガスとエンジンの振動に胸がムカつき、客引きのしつこさにも閉口して、ぼくは押し黙った。降りて岸を歩こうかと、あとどれくらいの距離なのかと訊いても、それだけのことが通じない。ここから歩けるかと問うと、いやここに座っていればいいと返ってくる。あと十分ほどで着くとやっと理解できた頃には、ボートは浅瀬地帯を抜けて順調に進みはじめた。

 終着地点でも、さらに大勢の客引きたちが待ち構えていた。繋留された何艘もの小舟の上で、乗客名を大書した紙を掲げ、声をはりあげている。その揺れひしめく集合体にぼくはぞっとなった。上陸するにはそこを渡っていく必要がある。けれどまとわりつかれるのがうっとうしくて、ぼくは少し離れた無人の舟に勢いよく飛び移った。すると舟はバランスを崩してぐらりとかしぎ、バックパックを背負った背中から落水しかけた。とっさに天井の枠木をつかみエビ反り姿勢で踏ん張ると、舟はなんとかバランスを取り戻し、注視していた男たちからどっと歓声がわき起こった。

 ボートが到着するたびに彼らは客にわっと群がり、ついてまわった。その足元にはゴミが散乱している。けれど彼らの誰ひとりとしてそれを認識していないようだ。腰をおろしたぼくの前に、さっきの船員が濡れそぼったまま屹立きつりつしている。彼は日灼けした顔に煙草をくわえながら、鋭い視線で遠くを見つめていた。

 翌日、近くのゲストハウスに、プノンペンで知り合ったナナさんを訪ねた。昨日同じボートに乗り合わせ、バイタクを一台シェアしてアンコールワットをまわろうと話していたものの、別の舟に乗り継いだきり宿も別れてしまっていた。

 彼はぼくと同齢で、芸大を卒業してカメラ専門店に勤めていた。収入や安定ではなく好きな写真を軸に職を選び、人間関係もよかったらしいが、そこを辞めカメラ数台を携えて旅行に来たという。知り合って日が浅くはっきり耳にしたわけではないけれど、日常生活をもっと「撮る」ところに近づけたいようだった。そんな彼に親近感を覚えながら、ぼくの方はといえば、これまでの職に特別なこだわりや愛着があったわけでも、今後の方向性が見出せているわけでもなかった。ふらふら迷い、流れにあらがっているのか流されているのかわからず生きてきた。そういう意味では、自分になかった軸を彼はひょうひょうと実行しているように見えた。さらに彼は、以前の旅で知り合ったという友人の女の子とともに旅をしていた。

 二人だと便利だとナナさんは言った。相部屋ドミトリーがなくても部屋をシェアできると安くすむのだという。ところがその相手はプノンペンで知り合った日本人の女の子と仲良くなり、どういう経緯かここにいっしょに来て、彼とは別の宿に行ったのだという。

 それでぼくの宿のバイタクをふたりで使おうとしたところ、予想外だったのはドライバーの陰鬱な反応だった。自分たちは専属だから別の宿の客とはシェアさせられないと、彼らは法律でも読み上げるように説明した。一連のやりとりから、ゲストハウス同士が客を奪い合うかたちでいがみ合っているらしいことが伺えた。彼らも生活がかかっていて、豊かになりたいのだ。その競争のなかに憎しみと分裂が生まれ、そこには旅行者が深く関わっていた。

 宿を替えましょうかとぼくはナナさんに申し出た。不便さだけではなく、ぼくの宿の客が、長期滞在のフランス人を除き日本人ばかりだったことも理由のひとつだった。プノンペンでの評判通り、宿のオーナーや従業員は日本人の気質と簡単な日本語に通じていて意思疎通の気苦労はなかった。けれど、それが逆に外界からの遊離を引き立たせていた。夜が更けると広間で長期宿泊者のグループがマリファナを回し飲みし、気だるい空気のなかで何でもないことに大げさにうなずき哄笑している。日本での関係性をそのまま持ち込んだような、いくぶん排他的で逃避的な気配に引きずられまいとぼくは強く意識していた。

 ふたたびナナさんのもとを訪れると、レストランで日本人の女の子と世間話をしていた。女の子はうんうんとうなずいている。いつもなら加わるどうということのない会話を聞きながら、ぼくは、内容そのものよりも日本の延長線上で自我が反応することを避けようとしていた。日本の価値観、日本にある作品、他人への評価……。今は、そうしたものを取っ払ったところにあるものを見つめたかった。そのために自己を強く縛りつける自我を凝視したかった。それでもときどき思わず入りこみそうになる。相手の言葉に反応し、たとえば些少さしょうな知識を披露し、あらゆる記憶を動員し自分を示してみせたくなる。しかし、そんな過去の自我は刻々と変化しようとする存在を縛りつけ、今を見えなくさせる。それでぼくはかろうじて口をつぐんでいた。同じことを繰り返そうとしていると思いながら。

 ゲストハウスのノートに宿泊者が多くのコメントを書き残していた。「ハッパで飛んで」「カンボジアは天国」「子供たちは純粋」「人びとの笑顔は最高」「ジャスミンティーを作ってくれるママはやさしい」といった調子で、乱雑な文字が思考力のない濁った意識で綴られている。「ジャスミンティー」とは紅茶に大麻の葉を混ぜたもののことらしく、宿のママに頼めば無料で作ってくれるのだという。以前はマリファナも無料だったらしい。

 泥酔者の繰り言のような言葉の羅列に、ぼくはげんなりとなった。この地への特段の期待や思い入れがないからか、それらのトーンの単調さが皮肉な思いさえ抱かせた。人びとはいい笑顔を浮かべるかもしれない。しかしその表情を形作るものは他人への親愛だけではなく、半分値札のついたものだ。旅行者がもたらす金の返礼として与えられるものは、見ず知らずの者に示されるやさしさと同質ではない。心地良いコミュニティー、安い滞在費、マリファナ、船着き場での客の奪い合いと混乱、ゲストハウス同士のいがみ合い、ひっきりなしにやってきて屋台で帽子をさしだす隻脚の物乞い、仕事にあぶれ手持ちぶさたにしている大勢の男たち。これが天国なのだろうか……。ぼくは冷めすぎているのかもしれない。でも、今は集団からは離れよう。自我をそこに溶かすことなく、個を確立しようと孤立することもなく。感じるままに反応し移動していくのでなければ、心の奥深くで何かに触れることなどできはしないだろう。そんなことを思いながら、ひとり黄昏の川辺でベンチに座っていた。泥色に濁った水がゆるやかに流れていく。川沿いに大木が並んでいて、場に落ち着きがあった。

 宿に戻ると、明日チェックアウトするとママさんに伝えた。ぼくも友達もシングルの部屋がいいから、と。ぼくは船着場からの車に同乗したマルさんとツインをシェアしていて、彼には同意を得ていた。
「行かないで」ママさんは繰り返した。「ここにいてください。行ってほしくないのです」
 返事に窮してぼくが黙ると、彼女は言った。
「オーケー、あなたにはシングルがあります。あなたの友達にも――」

 昨日はなかったが今日はあるという。さも客が帰ったからというように。それは嘘だとわかっていた。今日はツインの客が去り、入れ替わりに別の一組が来ただけだ。実はいくつかのシングルが奥にあり、ママさんの親しい人のためにとってあるのだとバイタクの男から耳にしていた。けれど、こっちだって角がたたないよう作った口実にすぎない。懇願されてなおも去るとは言い通せず、同じ部屋にとどまることになった。

 ベッドに寝転がっていると、マルさんが帰ってきた。彼はベッドに座ってハッパに火をつけると、一気には吸わず、ひと口ひと口、効き目を確かめるようにゆっくりと吸い込んだ。
「今までにやったことはないんですよ」と彼は言った。「昨日軽く吸わしてもらったときにはなんともなかったんですけど、今日アンコールワットにのぼって、勧められて一服したら、階段から降りるときに怖くて怖くて……だからちょっと今おそるおそるという感じなんですよね」

 口ひげをはやし長髪を後ろで束ねたマルさんは、バイクでずっと日本全国を旅していたのだという。春から秋にかけては沖縄の製糖工場などでバイトし、終わればツーリングに出かける。自炊ならここらへんと変わらない費用で生活でき、ここしばらくは沖縄のビーチでテントを張っていた。そして彼もまた、プノンペンで七〇番地に行ってきたという。バイタクで訪れるとその手の店が軒を連ね、表に出た女たちが声をかけてきた。その一つに入ると大勢の女たちがいたが、さすがにまだ十代前半とおぼしき幼い少女の白粉おしろいを塗った顔は異様だった。いざ女を選んでも、相手はただ寝転がってるだけでまったく味気ないんですよ……。

 ぼくはマリファナにも七〇番地にも興味はなかった。でも彼が異質だとは感じない。彼は群れておらず、かといって独善的でも非情でもない。マリファナや女を買うという差など表面的なものにすぎない気がした。ふだんのぼくのふるまいとどれほどの違いがあるだろう。

 目を閉じたマルさんは言葉を発しなくなった。ベッドに横たわりながら、ぼくは彼の口元から天井にあがっていく煙をぼんやりと見つめていた。