怒鳴りあい

 いつまでつづくのだろう。じりじりと焦燥がつのっていた。タクシーを停めさせ、道で怒鳴りあっていた。しかし決着の気配はない。酔いざましに入ったレストランで寝入ってしまったベップさんをタクシーで家まで送った帰りだった。

 遠回りしているらしいことに気づき、ヤマちゃんに耳打ちした。高級マンションから乗りなおしたので、カモになるとふんで距離をかせいでいるのだろう。窓の外は見覚えのない場所で、交通量は少なく沿道の灯りも暗く感じられる。しかし何しろ夜中だ、変な場所に連れていかれてもまずい。それでゲストハウス近くまで待つことにした。前に同距離を移動したときとはメーターは桁違いだった。覚えのある建物が見えはじめるとぼくたちは車を停めさせ、いぶかしげな顔のドライバーに外に出ろと命じた。

「なんでマンションからここまで来るのにこんなに時間がかかるんだよ! おまえ、わかってやってんだろ!! ふざけんなバカ!」

 はや激昂したヤマちゃんがひっそりとした往来で詰め寄ると、ドライバーは一瞬たじろいだが、すぐに色をなして反撃した。ヤマちゃんの叱責にドライバーが割り込んでまくしたてると、ぼくも加勢した。ポリスを呼ぶぞというと、ドライバーは憤然とドアに手をかけて息巻いた。この車で公安に連れていくということらしい。
「アホか! ウォークでポリスじゃ!」
 深夜にもかかわらず集まってきた野次馬の前で、ぼくは身ぶりと英語をまじえて声を張り上げた。
「おれたち、この車で、向こうの(と指さし)マンションからファムグーラオへ(と地面を差し)ゴーと、この男に(ドライバーをさして)言った! しかし、こいつは、ぐるーっとまわって(と腕を回す)、ここへ来た」
「○×△□×※△%……!」
「うるさいんじゃ! じゃあなんで、車の向きが、マンションから、ホテルへ、行く方向やなくて、チョロンから、ホテルへ、向かう方向やねん!」

 せわしなくマンションや車やホテルを指さしながら腕をまわしたりと、意味不明な手旗信号にしか見えないかもしれない。いちおう、停車中の車が乗車地から目的地の方向ではなく、遠回りした場所から目的地へ向いていると説明したつもりだ。

 罵りあうなかで発する「ポリス」という言葉はあくまでも自分の正しさへの自信の誇示にすぎず、はったりだった。それに車の向きが唯一の物的証拠だから、行くにしても車では無理だ。いや、実際はこんな夜中に旅行者の英語を理解してくれる人間が駐在しているとは思えず、嘘八百でもベトナム語で訴えられれば不利だろう。だから手を引いてまで連れていく気もなく、ドライバーもやましさがあるのか同じだった。

 近隣の建物の窓から住人たちが顔を出し、人だかりはふくらんだ。ドライバーは完全に頭に血をのぼらせ、ヤマちゃんも負けず劣らず猛っている。ふたりが憤怒の形相をつきあわせる様に、一触即発の不穏さを感じてぼくはひやりとした。ふだん街中で見かける大声での言い争いは、たいていは旅行者の乱暴な交渉だったが、一度は若い男が包丁を握って相手を追いかけはじめたこともある。ヤマちゃんは大丈夫でも、ドライバーが度を失うとまずい。それでぼくは宥め役にまわり、思慮分別のあるふうを装って譲歩を引きだそうとした。

 それでもうまくいかず、どう着地したものか焦りをおぼえはじめたときだった。相手も根負けしたのか、ぼくの発した適当な値段に同意した。

「いいやろ、ヤマちゃん?」
 ヤマちゃんも不承不承の顔でうなずいた。金を渡すとドライバーはヤマちゃんを睨めつけながら車に乗り込み、発進させながら捨て台詞を叫んだ。
ファック・ユーくそったれ!」

 事は終わったはずだったが、ヤマちゃんは聞き流さなかった。
「停まれっ! 停まれーっ!!」ヤマちゃんはサイドウインドウに右手を差し入れ、動きかけた車を止めさせた。「おまえ、今何て言った!?」
 目を剥いてわめく運転手にかぶさるようにヤマちゃんが吼えた。
「え? 何て言ったかって聞いてるんだよ! おまえ、くそったれって言っただろ! 何でおまえがファック・ユーって言えるんだよ! 謝れ!」

 窓からドライバーの顔を睨んだヤマちゃんの顔をドライバーもギラギラと見据えている。ドライバーが謝ったかどうかは定かではない。緊迫した空気のなか、ドライバーが視線をはずし、窓を閉めてふたたび車を発進させた。ヤマちゃんはドアすれすれに屹立したまま動かず、道路脇に駐車されていた車のタイヤが縁石にこすれて音をたてた。ドライバーはハンドルを切りたいのだろうがヤマちゃんが邪魔で切れない。ヤマちゃんは意地でも動かんぞという姿勢でふんばっている。それでもドライバーが少しハンドルを切ったとき、後輪がヤマちゃんのスニーカーの先を踏んづけたらしい。またヤマちゃんの怒りが爆発した。

「停まれ! 降りろーっ!」ヤマちゃんは車の正面にまわって叫んだ。「停まれーっ、窓をあけろー!」
 ありゃあ……。ぼくは絶句した。
「謝れ! おまえのタイヤで足を踏んだだろ!」

 せっかく収まりかけてるのに、やめといたほうが……。アクセルひと踏みで轢殺れきさつされうる場に仁王立ちしたヤマちゃんにぼくは近寄り、肩に手を置いた。
「ヤマちゃん、もうええやん。あんまりやってもやばいって」

 ふたりがしばらく睨み合ったあと、車は夜陰に走り去った。

 ぼくは先日ディスコパブに行った帰りの出来事を思い出した。トリッパーと呼んでいたノブさんがカンボジアに戻るという前の晩のことだった。面白い外人がいるということだったが、店にいたのは不愉快なチンピラだけで、早朝、そこを出た。まだ深夜の気配の薄れていない黒々とした空の下、来たときと同じ小さな屋台が路傍で営業していた。ぼくたちはそこで喉をうるおすと、タクシーを探しながら人影のない暗い道を歩いた。建設工事中のビルがあり、クレーンにつるされた鋼材が、資材落下防護用ネットやシートのない道路の上空を行き来していた。タクシーはなかなか見つからず、グエンフエ通りでやっと一台が路肩に停まっていたが、窓が曇っている。
 ――誰もいないんじゃないの? 
 ――あれ、中で眠ってるよ

 ひとりが窓をたたくのを見やりながら空を見上げると、うっすらと白みはじめていた。夜気に朝の気配が混じると、時を早送りするようにあたりは明るくなった。ぼくたち五人は、突然眠りを妨げられて不機嫌そうに押し黙る男の車に乗り込んだ。しかし走り出しても運転手は料金メーターを倒さず、ぼくたちを無視して応じる様子がなかった。するとヤマちゃんが怒りを爆発させ、ドアを蹴るようにあけて路上に飛び降りると、そのまま駆けるように歩きはじめたのだ。車を急停車させた運転手は呆気にとられて後姿を見やっていたが、やがて黙ってメーターを押しあげた。するとトリッパーノブさんが窓をあけ、すでにかなり前方をスタスタ去っていくヤマちゃんに、牛車との料金交渉でも成立したように叫んだ。
「あげるってよ~」

 宿の人びとをたびたび夜半に起こすのも忍びなく、ぼくたちは宿の前で座って朝を待つことにした。さっきまでのほとぼりも冷め、いつものように四方山話がはじまった。

 ヤマちゃんの、善し悪しの価値観の明々白々といった態度には感心させられる。それは、相手が誰であろうと区別がなかった。ぼくも、博物館の裏からタダ入りできると聞いたときに試そうとして、いさめられたことがある。外国人とみるや貪婪どんらんにぼったくろうとする人びとに何とか一矢報いたいとじりじりしていたときのことだ。彼は自分の彼女にたいしても、どんなことであろうと自身の価値観に沿わなければ駄目だと明言するという。それがまたヤマちゃんのいいところだなと思う。それでも、どうしてそこまで確言できるのか、どこに錨がおろされているのか興味のあるところだった。

「彼女が一時期、煙草を吸ってたことがあったんですよ。でも、ぼくは煙草を吸う女は嫌いだから。彼女もぼくの前では吸ってなかったけど、わかるじゃないですか、陰で吸ってても。それで、今度もし一度でも吸ったら別れるって言ったんですよ。そしたらそれから吸わなくなって」
「へえ」

 ぼくならどうだろう。たとえば出会った旅行者のことをアイツは嫌いだとヤマちゃんが言い切るようなことはぼくにはできなかった。しかし、と思う。断定することは、とても……。

 先日、晩飯時のことだ。夕方に屋台で中途半端に腹がふくれたからか、出てきたバス鍋は今ひとつの味だった。春巻などもふたりで平らげるには多すぎ、持て余していたところに、痩せて貧しい身なりのおばあさんがやってきた。これまでの物乞いとは違って小ぶりのプラスチック容器を持ち、中には生春巻用の麺が入っている。それでバス鍋の底をさらった。たいしておいしくないだろうと思いながら。店員に向こうに行けという態度を示されると、彼女は踵を返して去っていった。

「あれだったら納得できるんですけどね」とヤマちゃんが言った。「物をくれって言うんだったらわかるけど、金を恵んでくれというのはちょっと違いますよ」

 そうなんだろうか。ぼくたちはたまたま日本に生まれ、恵まれて今ここにいるにすぎないのに……。

 前にも同じ店で、女と四、五歳の子供が物乞いに来たことがある。慎ましい服装だが、汚さはなかった。ヤマちゃんは気づかぬふりで下を向き、ぼくはそれも嫌で、女の顔に視線をそそいだ。「見ないでいいですよ」とヤマちゃんは言ったが、ぼくは正視したかった。目の前の現実を消してしまうことなく。女の瞳は何の感情もあらわさず、女は目をそらして去っていった。

 彼らへの態度に正誤があるとは思わない。ただ、あまりにも大きな違いがある。生まれついたときからの、貧富と境遇の差。一方は痩躯にぼろをまとい物乞いに歩きまわり、もう一方は飛行機でやってきて気ままな毎日を過ごす。あるときぼくたちは一瞬交わり、一方のさしだした器に、一方が余った鍋の具をすくい入れる。これはいったい何なのだろう? そんな思いが頭に渦巻いてしばらく去らなかった。

 手を伸ばせば触れられる現実なのに、いや、もう触れている現実でさえ、自分の世界でのことなのか他所の出来事なのか、曖昧になることがある。意識が介在すると、距離が遠くなったり近くなったりする。善悪も同じだ。何かを掴むためには、スタンスを決めなければならない。ただ、ぼくはその指のあいだからこぼれ落ちていくものを今一度拾い上げ、見つめ直したかった。そしてこのときは、すぐに自分が逆の立場になるなど思いもよらなかった。

 暗い通りに、朝の活動をはじめた人びとの姿が見えはじめた。人力車を牽いていく老年の男、荷車を牽引したバイクや自転車。デッキチェアに寝転んで道路で朝を待つ男。そのそばに屋台を出して火をおこす女。ベランダで朝の歯磨きでもしているのか、なぜか建物の上から水が落ちてきて、ぼくたちは同じ通りでたびたび場所を替えた。

 暁の澄んだ空は美しかった。これほど清冽な大気がホーチミンにもあったのだと、新たな発見をしたような気持ちになった。そして、こんな朝を共有できたことがうれしかった。