旅の質

 早朝、夢見のなかで誰かに肩を叩かれたような気がして目をさまし、ベッドで起き上がった。新しく来た誰かが隣のベッドにバックパックを置いたところだった。暗くて性別はよくわからないが、その人物がほどなく部屋の外に出ていくと、漫画家の卵、ジン君がもぞもぞと動き、ぼくに時刻を尋ねた。

「あれ、まだそんな時間ですか」ジン君は言った。「さっき扇風機のフタが落ちましたよね」

 ぼくは少しぎょっとしながら、あれは昨日の晩のことだと答えた。壁に据え付けの扇風機の安全カバーが突然床に落ち、ひどい音をたてて皆を驚かせてから六、七時間はたっている。

「あれ、そうだったんですか? てっきりさっきの出来事だと思ってましたよ」

 彼は個性的な服装をした長髪の青年だった。何日か前の早朝にこのドミに現れたときは彼が歩きながらジャラジャラと響かせる派手な音で目が覚めたが、それは細長い金属筒が何本もついた巨大なネックレスだった。頭にバンダナ、民族衣装の上着と七部丈のパンツ、それらはすべて中国からここに来る途中のサパで手に入れたらしい。とくに素肌に羽織った上着の染料が上半身を青くしていて、はじめて目にすると病気かとぎょっとするほどだ。

 彼は日本で漫画家のアシスタントをしていたが、今は旅をしながら自分のものを描き、区切りがつくと移動しているという。中国の大理ダーリーで友達になった中国人の家に二週間近く居候させてもらって描いたものを編集者に郵送したのだが、ハノイの日本大使館付で新しい原稿用紙を送ってほしいと書きはさんでおいたのに未着で、原稿が日本に届いたか心配だと彼は表情を曇らせた。

 屋上から射し込む光がうすくひろがる階段の踊り場に腰をおろし、作品を見せてもらった。扉絵は点描で、緻密で幻想的なタッチだ。今後インド方面へ向かいたいらしく、本来ならもっと先に進んでいるはずなのに、漫画の区切りを優先すると一箇所に長く留まってしまうという。中国国境近くのサパも居心地がよくて十二泊もしてしまったと彼は言った。

「ずっと漫画を?」
「ええ。ガンジャも安いですしねぇ。これくらいが千、二千で買えるんですよ」彼は拳を握って量を示した。「十円、二十円でしょ」
「へぇ」とぼくはうなずいた。

 カンボジアではよく耳にしたガンジャという言葉を聞かなくなってひさしかった。誰かが吸うところも見かけない。しばらくドミトリーに泊まることが少なかったからか、皆が公安を用心しているからか、いずれにせよ興味もなかった。法的な問題の有無ではなく、即物的に非日常な感覚を得ようとする安易さはぼくの好みではなかった。その感覚をさも得がたい体験のように喧伝する者もいたが、酒よりも害は少ないという説明も別段心に響かない。かといって、法的な倫理云々で相手の人間性に評価を下そうとは思わない。ぼくはこれまで自分の無関心さが露わにならないよう振舞ってきた。相手が余計な境界線を引いてしまわないように。

 ロビーに降りるとふたりの日本人の学生がソファに座っていて、ハロン湾のツアーに参加するからと迎えのバスに乗り込んでいった。それまで話をしながら、ぼくは彼らの意識の強烈な二分法を感じていた。あっち側、こっち側。あんな人間、普通でまともな人間。日本でのバイトや生活に多忙らしい彼らの言葉の端々に、長期旅行者を異質と捉え、自分はこっち側の普通領域に生きているのだという思考がにじみでていた。その無意識の表出はぼくに向かって直接放たれたものではないだけに、ぼくを少し居心地悪くさせる。

 彼らからすればに違いないぼくから見れば、ここもさまざまだった。長期旅行者で時間の制約がないのにせわしなく移動ばかりしている者もいて、どこに行こうとしているんだと皮肉な気分になることもある。けれど彼らの目的地は、パスポートの出入国スタンプや行った場所の数なのだ。または愉快な思い出や土産話の収集、成長のための経験を蓄えること。多くの旅行者と接して、旅とはいったいなんだろうと考えさせられる。移動した距離? 通り抜けた国境の数? いや、それは各々が決めることだ。ただ、ぼくはこの旅を目的的には捉えられなかった。おそらくぼくも何かを求めてはいても、それは数でも武勇伝でもなく、外側のものでもなかった。

 朝食後、カフェの二階で日記のノートを開いたら、いつの間にか机に突っ伏して眠っていた。物音で目をさますと、白人の男がぼくを見て笑いながら入ってきて、下の方が涼しいねと言ってまた降りていった。腕時計に目をやると、さっき確認してから一五分ほどだ。ぼくは椅子に座り直し、またぼんやりとした。二階の客はぼくひとりだった。部屋にはプラスチックの白いテーブルと椅子が置かれている。床には清潔感のある白っぽい大理石の床材が敷かれ、外のバルコニーへとつづいている。天井で大きなファンがゆるやかにまわっていた。ぼくは、バルコニーの向こうに見える黄色い家壁にぼうっと視線を投げかけていた。時がとまったかのようだった。

 。突然、外からやってきたかのように、脈絡もなくひとつの認識があらわれる。この命こそ旅そのものなのだ。物理的に動いていようがいまいが、ぼくたちはたえず変化している。これこそが旅なのだ。