プロローグ

 これまでたくさんのものを欲してきた。

 手に入ったものも、そうでなかったものもある。ただ、問題は手に入ったかどうかではなく、手に入れてどうだったかだ。深い欠乏感のなかで強く願ったものでも、たいてい満足感は束の間だった。

 記憶の表面に浮かべてみても、今はもちろん、そのときでさえほんとうにほしかったのかわからない。借りものを自分のものと錯覚したのか、それとも本意だったのか、その境界もあいまいだった。満足はとたんに色褪せ、別の欠乏へと置き換わり、次を欲する。そうやって、これまでぼくは次々と追い求めてきた。どこで生まれたのかわからない衝動に駆り立てられながら。

 社会のなかで無意識に刷りこまれるメッセージがある。何かを成さなければ何者でもなく、何かを得られない者は価値がない。持たない者は貧しく、豊かになるにはもっと所有する必要がある。幸せになるために、そしてこの現実をうまくやっていくためには、まずかね――もしくはそれに象徴される成功――が必要なんだと。

 違う。真に欲しているのは別の何かだ。けれど、それが何なのかわからなかった。わからないまま、ぼくは旅に出た。

 カンボジアのプノンペンからベトナム国境へ向かう車のなかにぼくはいた。数日前にプノンペンで内紛が起こったばかりだった。昼間は砲撃音が空気を重く揺らし、暗くなると町は死んだように静まり返った。

 脱出を選択したぼくたちを乗せたタクシーが、渋滞の最後尾で停車する。ぼくの胸は高鳴り、川の対岸への渡船待ちだという運転手の言葉にまた安堵する。しかし渡川後の身の保証があるわけではなく、乗船後もぼくたちは車内で身じろぎもせず息を詰めて座っていた。その緊迫した空気をかき消すように、運転手が気を利かせたつもりなのかセットしたカセットテープのユーロビートがうるさく鳴り響いていた。

 そして子供たちはここにもやってきた。着岸までの数分間が彼らに許された持ち時間だ。たばこやガムやジュースを身ぶりで示す。ガラス窓ごしにぼくはかすかに首をふり、しかし彼から目をそらせずにいる。大の大人さえあわてふためいて危険から逃れようとしているときなのだ。旅行者は武装警備員を配した高級ホテルに殺到し、ぼくはぼくで、賭けるような思いでこの車のなかに座っている。すれ違うトラックの荷台には現地の人々がバナナの房のように連なり、どこかに運ばれていく。そしてたぶん誰もそんな自分を俯瞰ふかんしてはいない。方向もバラバラで、わけもわからずただ走る。それはまさに、山火事から逃げまどう動物たちの姿そのものだった。こんなときに理不尽な犠牲を強いられるのはまず子供たちなのかもしれない。数日前も、流れ弾にあたったのか腕から激しく血を流しながらホテル前の道を逃げ走っていく男の子を目にしたばかりだった。それでも彼らはいつもの持ち場にやってきて、ぼくからすればあまりにささやかな、しかし当人にとっては生きていくために欠かせない仕事を果たそうとしていた。

 時間を少しさかのぼり、ぼくがタイからカンボジアにやってきたときのことだ。ここに来てもっとも気持ちを揺さぶられたのはこの国の貧しさではなかった。たしかに貧困は到るところにあふれていた。食事をしていると子供を抱いた女の物乞いが目の前に現れ、迷彩服を着た隻脚せっきゃくの男たちが入れ替わり帽子をさしだす。両脚を失った男が市場の濡れた通路を両手で歩きながら施しを請う。広場の建物の影で、野宿してくらす家族が地面に横たわっている。数百円で蒼い性が売られている。そうした日常が、いつしか意識のなかで普通になる。ところが、それが何かのきっかけで揺らぐ瞬間がある。

 あるとき、通りを横断しようとしている四人のストリートチルドレンを目にした。いちばん年長でもせいぜい十二、三歳だろう。彼らもまた、他の貧しい子供たちと同じように麻袋を背負い、痩躯にぼろ布のような服を身につけ、市販飲料水の容器や屑鉄を拾い集めていた。強烈な太陽光にあぶられた地面を歩む足元は裸足だった。

 ここには信号などというものはなかった。交差点では無数の車やバイクが入り乱れ、行く手を塞ぐものに容赦なくクラクションを浴びせている。舗装されているのか判然としない道からもうもうと砂埃が巻い上がっている。激しい不協和音に満ち満ちたその場の無秩序さは尋常ではなかった。

 彼らが、その途切れることのないガソリン動物の群れをおそるおそる横切ろうとしたとき、いちばん背が低く幼い少年は及び腰になり、小鹿のように怯えた表情を浮かべた。すると少し年嵩の男の子が少年をかばうように、包み込むような仕草で肩にそっと手をまわした。彼らは、言葉を発することなく互いの体に手をまわし、寄り添いながら道を渡り切った。その何気ない光景はさっとぼくの目を透過しながら、しかし濃い影のようにくっきりと脳裏に焼きついていた。その場に立ちつくしたまま、ぼくは遠ざかっていく彼らの残像をじっと見つめていた。

 また少し時間をさかのぼると、そのほんの十日前、ぼくは日本にいた。

 しかし、そこからはしばらく時を巻き戻しても何も変わらない。すでに世界を知ってしまったかのような、何かが漏れ出していくような脱力感とともに、ぼくは昨日のコピーにすぎないのっぺりとした今日をすごしていた。ときに方向性のない激しい思いに駆られながら、おおよそ自分のことしか考えることなく、しかしそんな閉塞した自我にやりきれなさを抱いたまま。今日のために生きる少年たちの姿に思いを巡らすこともなく――。