箱のなかの人々

 三、四〇分並んで窓口にたどりつくと硬臥は売り切れで、替わりの硬座に躊躇はなかった。噂にきく木の座席ハードシートを一度くらい体験してみるのも悪くないだろう。重慶への到着は二二時間後の予定だった。

 ホテルで荷造りをしてふたたび昆明駅に向かった。プラットホームに到着していた列車に乗り込むと、三人席が向かい合うボックスシート車輌は乗客でぎっしりと埋まっていた。ぼくの座席にも、すでに三人掛けに四人も座っている。指定の席は真ん中だったが、中の男二人がぼくの場所を共有しているらしかった。チケットを示すとひとりは去り、もうひとりは何か言いながらぼくの荷物を棚に上げるのを手伝ってくれた。悪気はなさそうで、訊ねると無座らしい。列車が動きだすと彼もどこかに去っていった。

 にわかに物売りたちが忙しく往来しはじめた。女が多く、スナック類や缶飲料の入ったかご、そうざいのボウルや果物をかかえている。彼女たちは互いに情報を耳打ちしながら、公安たちが厳めしくやってくると彼女たちはあわてて座席の下に商品を隠し、通路に立つ無座の人々にまじって素知らぬ顔をした。しかしあるとき列車長に気づかなかった女が商品を取り上げられそうになり、手をふり払おうとわめきながらかごを持った腕を振り回した。商品が宙を飛び、女は床に押し倒され、連行されていった。ところが一、二時間後に戻ってきて、また何食わぬ顔で商売を始めたのだった。

 社内販売のぶっかけご飯で昼食をすませ、車窓を眺めていると、斜向かいの中年の女が嘔吐した。彼女は出発時から顔色が悪く、昼も何も食べずに押し黙っていたが、いきなり吐いたものだからぼくの横の女は驚いて跳びのいた。濁った緑茶のような液体が通路を流れると、隣のボックスの男たちは立ちあがってよけ、近くの女は嫌悪感を露わにした。別席の夫らしき男が座席の背もたれにのぼって荷棚のかばんから薬を出し、水とともに女に手渡した。床の吐瀉物はそのままにされ、当人も夫らしき男も、まわりへの謝罪の言葉はおろか、すまなさそうな素振りのかけらもない。その様子に、朝の中国銀行での出来事が思い出された。一万円と五千円のT/Cトラベラーズチェックを両替したとき、五千円二枚と勘違いしたのか一万円分のレシートと現金が戻ってきたのだ。ところが窓口の女からは「すいません」の一言もなかった。中国に入って一か月以上になるけれど、謝罪の言葉を一度しか聞いたことがない。?海モンハイの市場で手元に気を取られていた少数民族のおばさんにぶつかられ、ごく自然に謝られたときだ。「ありがとう」でさえ、自分が言いこそすれふしぎなほど耳にしない。ぼくもそれに慣れ、謝罪のための中国語はまだうろ覚えだった。

 列車は速度を落として喘ぐように山をのぼりはじめた。薄いもやが山肌を覆っていた。急峻な山岳地帯を這うように進むと、遠い山々のかすんだ稜線だけが宙に浮かんでいる。

 ひとつ前のボックスシートで、赤ん坊連れの女がずっとがなりたてていた。昆明駅から同じ調子で、最初は喧嘩しているのかと思いきや、ただひとりで声を張り上げているだけだった。まわりはよそよそしい態度を決め込んでいたが、女は気にする様子なく立ち上がっては誰彼かまわず話しかけ、煙草をすすめて気前よく一本二本と放り投げた。そんな気っ風のよさの反面、自分の分は途中で火を消しても捨てずに取りおき、あとでフィルター近くまで吸いきっている。そのうち、当初は冷ややかな反応だった乗客は女の言葉に微笑み、言葉を返すようになった。かかわりを避けていた者も彼女の一挙手一投足に反応しはじめ、女を中心として渦を巻いていく人の気が目に見えるかのようだった。女は煙草をくわえたまま大声で話し、抱いた赤ん坊の顔に紫煙が吹きかかろうがお構いなしだ。赤ん坊も元気よく体を動かすので、煙草の火先に顔があたりそうだった。女が赤ん坊を近くの男に預けて便所かどこかに行ってしまうと、赤ん坊は女が去った方を向いて泣きじゃくり、あやしてもぐずる様に男は困惑顔で立ち上がり、女の消えた先をのぞいている。荷棚に彼女が吊るした靴下とタオルから、ぽとぽとと滴がたれていた。

 二〇時すぎ、列車は動かなくなった。窓からの風がなくなると、ただでさえ蒸し暑い車内に紫煙がもうもうと立ち込め、サウナで枯れ草をいぶしているような状態になる。五分十分ならまだしも、長引くと不快度は耐えがたかった。それでも席がある者はまだよく、通路にあふれた無座の乗客は、荷物や座席のひじ掛けに腰をおろせればましで、そうできない者は立ったまま目を閉じるしかない。何のアナウンスもなく、いつ走り出すかも不明な状況が一時間もつづくと、誰の顔にも疲れが色濃く滲んでいた。

 そんなときだった。車両の奥から笛の音が響き、皆の注目を浴びながら盲目の縦笛吹きがあらわれた。伝統的曲調を奏でながら、その男は乗客のあいだをゆっくりと歩を進める。男が近くに来ると、赤ん坊連れの女がまた怒鳴るように呼びかけ、他の乗客をとおして煙草が手渡された。それを胸ポケットにしまった縦笛吹きの男と女とのやりとりは、何かの演目のようだった。女が問いかけ、男が答える。ぼくには内容はわからないけれど、まわりの乗客も明るい顔で口をはさんでいる。女が売り子から缶ビールを買って男にさしだすと、呼応するように別の誰かが麺料理を買い求め、男に手渡す。笛吹きの男が立ったまま麺をすするあいだ、まわりの客たちが口々に言葉を発し、笑い声があがった。黙っている者もそのやりとりを見守りながら表情を緩めている。

 こんな光景を目にすると、この国の懐の深さのようなものを感じずにはおれない。こうした諸相こそが、ぼくにとっての中国の魅力を象徴していた。

 早朝に寒さで目をさますと、夜までは立っていた人々も通路や荷物の上に座って眠っている。なかには座席下の狭いスペースに下半身をもぐらせて床に横たわる者もいた。昨夜、長い停車からやっと動きはじめたものの、貴阻ですでに二時間の遅れで、先が思いやられた。あれだけ蒸し暑かった車内は夜半には急激に冷え込んだ。にもかかわらず大半の窓はあけられたまま冷風が流れ込み、寒がりのぼくには硬い直角の座席よりもこたえた。

 車内販売のワンタンを食べ、便所に行って歯を磨いた。車内の床はひどい有様だった。人々は所かまわずごみを捨て、座ったままペットボトルの水で手を洗い、足元に平気で痰や唾を吐く。座席の下に放置されたカップ麺の容器が倒れてスープが流れ、その上に果物の皮や落花生の殻、ひまわりの種のかす、煙草の吸殻が投げ捨てられる。床木はどす黒く汚れ、その上は雪解けのぬかるみのようになった。そのうち清掃係がやってきて、長いほうきでゴミを集め、その固まりごと床の上を器用に移動させていった。しかし係の巡回はその一回だけで、たちどころに汚物の掃き溜め状態に戻った。

 はじめての車内放送に耳を澄ますと、それは到着アナウンスではなく、カセットテープらしきノイズの混じった漫談だった。疲れきった乗客は耳を傾ける様子もなく、演出用の笑い声だけが空しくこだましている。斜向かいの初老の女は、窓の外にうつろな目を向けていた。この二日間、ことに昨日吐いてからほとんどまわりの事象に反応を示さず、眠っているか、目を開けていても焦点が合っていない。一〇時半すぎに列車が重慶のホームにすべりこむと、彼女はやっと安堵の表情を見せた。二二時間の予定が、二六時間になっていた。