平和な時間――免疫、それともタフさゆえ?

 だだっぴろい長江の流れはかわらずたおやかだった。乗客が投げ捨てるゴミが船腹近くを短く漂っては赤茶色の川面に消えていく。船内販売の弁当やカップ麺の容器、ビニール袋と、乗客たちは何のためらいもなかった。その光景に、環境破壊という言葉などまだまだ意識に上ることはないんだろうなと思った。前に昆明の街はずれで、広場の吹きだまりの多量のビニール袋にぞっとしたことがある。それは露店で買物をしたときの薄袋が棄てられたもので、浜辺で干上がった何千何万のクラゲのようだった。ただ、中国の人々を見てきて腑に落ちたことがある。それは、感覚とは文化であり流行だということだ。多くの人は感覚のなかで生活し、概念のなかになんて身を置いていない。人前で尻をさらして用を足し、顔の黒子ほくろからはえた毛を大事に伸ばし、所構わず痰を吐き、歩きながら手洟を地面に飛ばし、背広を着て土木作業を行う。どんな社会だって流行のなかにある。いわば、ただ流れ来て、流れ行く。この長江と同じように。どの河が正しくてどの河が間違っているなどと、どうしていえるだろう。将来、彼らの感覚で気づくことがあるかもしれない。それまで、懐の深い河はゴミを飲み込みつづけるのか、それとも何らかの形で人々の意識の流れを変えるのだろうか。

 武漢からあらたに乗った船の、二段ベッドの並んだ十二人部屋にぼくはいた。すぐに同室の人々に警戒は不要だとわかった。ぼくのベッドは入口脇の二段目で、下の初老のおっさんが、旅費や、家は金持ちなのか、日本人は皆車を持っているのかなどと訊いてくる。日本人の経済状況に強い関心があるらしく、それは案外多くの中国人が抱く興味なのかもしれないけれど、どう答えたものかと思う。おっさんが筆談内容をわざわざ口にすると、賭けトランプに興じる女性七人グループの会話に日本人という単語が混ざり、笑い声が上がった。

 そんな船旅は一点をのぞいて快適だった。体の痒みが急に烈しくなり、蚊に刺されたような赤い斑点が倍増していた。最初はへそのまわり、ひじとひざの裏にできたものが、痒みで早朝に目をさますほどひろがりつつあった。たぶんダニだ。昨日、乗船後にベッドに座ってからなぜかくしゃみが止まらず、じき完全に鼻がつまってしまった。ベッドシーツの上で動く白い微小な虫を見つけ、これまで使ったことのない虫除けスプレーを噴射したものの、効果はなかった。シーツの交換を頼もうかと思ったものの、マットが原因だろうからと我慢することにした。この船旅は二泊三日で、明日は上海だ。死ぬわけじゃなし、戦時中ならこれくらいで文句を言う人などいなかっただろうと思ってみた。同室の誰も何も感じていないのか解せなかった。人がダニに免疫を持ちうるのか、慣れなのか、我慢しているのか、それとも、これまで彼らの肉体と精神のタフさに感心したように、便利で快適な暮らしにひたったぼくなどとは違うのかもしれない。

 皆が昼寝をはじめても、ぼくはデッキで時間をつぶした。船が河港に着くと、乗客と売り子のやりとりが面白かった。岸壁に立つ売り子は虫捕り網で金を受け取り、商品を渡す。遠くから見ると、虫取り網が船と岸壁をひっきりなしに行き交っている。あるとき、離岸しかけた船の上から金を受け取ったものの、船が離れて網が届く距離ではなくなってしまった。売り子の女性はとっさにカップラーメン二つを思いきり投げつけたが、一つは無事客の手に渡ったものの、一つは手すりにあたって河に落ちた。「早くもう一つ投げて!」(想像だが)と乗客は騒いだが、売り子はためらいを見せた。そこへ別の中年の売り子が駆け寄り、「一つ貸しなさい!」(想像だが)と別のカップラーメンをひっつかみ、大きく振りかぶってエイヤーッ! カップは客室の壁にあたってデッキに落ち、岸壁側では別の売り子が階段を降り、プカプカと波に揺れるカップを網で確保! 様子を見守っていた人々が歓声をあげ、ぼくも声をあげて笑った。

 シャワー室で裸になると咬傷は悲惨なほど増えていて、免疫とかタフだとか考えている場合ではなかった。湯で増幅された痒みはすぐに臨界点を超え、何も感じなくなる。隣でおっさんが強烈な水量で浴びはじめ、体を洗い終えたぼくの方へどどっと飛んでくる。パイプのあいだには仕切りがなく間隔も一メートルほどなので、自分の湯みたいだ。「おっさん、もうちょっとゆるくてもええんとちゃう?」と思わず日本語で話しかけても、修行中のような険しい形相のおっさんには届かない。おっさんが上半身を折って足を洗いはじめると、湯に打たれて背中の贅肉が激しく波打つ様にぼくは吹き出した。ぼくが服を着はじめても、離れた脱衣所まで飛沫が飛んできた。

 部屋に戻ると、女性陣がパタパタと枕をめくっていた。ダニ情報が伝わったらしい。そのゴキブリかネズミでも探すような動作に、ぼくは「違うんやって、そんな粗い観察で見つかる虫とちゃうねん」と心のなかでつぶやいた。