上海と夜の亀裂

 薄日が射した通路は、少なくともダニがいない分マシだった。昨晩は寝袋に入ったがたぶん何の効果もなかった。皆が痒くならないのは、単にダニがそこにいないからだとわかった。けれど今となっては慰めにもならない。

 他人のベッドで本を読んでいると船内が浮き足立ちはじめた。デッキに出ると対岸が近く迫っている。コンテナヤードの向こうの、西の空に沈みゆく夕陽が水面にやさしく揺らめき、その光彩が夕映えの街を引き立てていた。スピーカーからイージーリスニングが流れはじめた。対岸には大きなビルが建ち並び、そこはまさしく大都会だった。

 ホテルにたどりつくと、猛烈な痒みを和らげたくて、一時的なごまかしとわかりつつシャワーを浴びた。鏡に映った体は悲惨だった。紅斑の数をなんとなく数えはじめ、上半身で九十までカウントして、あほらしくなってやめた。咬まれたのが首までだったのは不幸中の幸いだ。

 夜の外灘に出ると、石造りの荘重な建築物がライトアップされて並び、夜会の正装の紳士淑女のように上品な華やかさを醸し出している。これまでぼくが見た雑然とした中国とは違う一面だった。ぼくは感覚の赴くままに、一筋一筋の道を縫うように歩きまわった。思考を組み立てたりはしない。頭を空っぽにして、ただ全身で感じながら黙々と足を前に出す。派手なネオンがきらめく通りでは客引きが日本語で声をかけてくる。
 ――ニホンニホン、オンナ
 ――シャンハイ、オンナヤスイ

 飛び込んでくる刺激が最初は楽しかった。次々と視線を移していく。自分が貪欲に何かを求めているかのように。しかし、やがて物足りなくなる。自分はいったい何を求めているんだろう、と。それは日本にいたときと同じ問いだった。次々と刺激に反応するうち、その気になっていく。部分的に否定しても、求めるという行為自体は否定しえず、ぼくは領域のあいまいな感覚に飲み込まれ、流され、ぽっかりとあいた穴に落ちている。それは期待と空虚という、埋められるべき空洞だった。そこにさまざまな刺激が呼びかける。求めることは価値あることで、欲するあなたは正しいのだと。これこそ手に入れるべきもので、これがあなたを満たすのです。貪欲を向上心と言い換え、よりたくさんを求めて得られた者を成功者として称賛する。そんな思考の枠組みが肯定的思考ポジティブシンキングとして強化され、その自我は空白を埋めてはまた別の空白を作り出し、自己増殖していく。

 ぼくもまた、空白を埋めるために旅に来たのだろうか。ぼくは旅に出るまえのことを思い出そうとした。けれど、当時の心境にうまく意識をあわすことができなかった。

 薄暗い地下通路におりると、盲目の縦笛吹きが侘びしげなメロディーを響かせていた。そこに格別な音色はなく、観客も誰一人いない。ぼくの前を歩く通行人も、足をとめるどころか気にとめる素振りもない。ぼくは重慶行きの列車で出会った縦笛吹きのことを思い浮かべた。あのときと同じような広さの箱のなか、同じく盲目の男がよく似た調べを奏でている。何人もの乗客から声をかけられていたあの縦笛吹きが、もしこの男と同一人物だったならばどうだろう? 煙草や飲み物を振舞っていた乗客がここを通れば? しかし、そんな仮定はまるで成り立たないように思えた。今となってはあの状況は特異で、同時代の出来事だったのかとさえ感じられる。缶に硬貨を落とし入れると、薄くさびしい音が響く。

 翌日、電話で出航日を確認して予約を入れ、事務所を訪ねて乗船券を買った。週二回運航の蘇州号は、明日上海を発ち、二泊して大阪の南港に到着する予定だった。ホテルに戻ると、ロビーで覚えのある顔が目の前を横切った。景洪ジンホンで別れたサノさんだった。互いに十一月の初旬に帰国予定だったぼくたちは、日程があえば同じ船でと話していた。ただ、ぼくは彼女の上海での宿泊先を忘れてしまい、会えなくともいいと思っていたつもりだったが、彼女の顔を見て、本心はそうではなかったことに気がついた。同時にもう一つのことに気づかされた。たとえ約束ではなくとも、同じ船でなどと話すべきではなかったのだ、と。彼女との再会を期するならばそれはこの旅を終えてからで、この旅では、ぼくはもう彼女に求めるものは何もなかった。

 日本人らと夕食を共にし、外灘のビルの上にのぼった。黄浦江の対岸に建つテレビ塔が靄でうっすらと滲んだ光景は幻想的だった。それはいかにもどこかから切り取ってきた未来図のようであり、今の中国とはちぐはぐで、とってつけた感がしないでもない。ただ、強いて言えば、今とかけ離れた姿だからこそ、未来の象徴としての希望を人々が感じるのだと言えるのかもしれない。だとすれば、重慶の巨大ビルに感じた威圧感と、手の届かない高さに抱く鬱屈はその裏面なのだろう。希望と絶望はつねに一対だ。

 CDショップで皆と別れ、ひとり町を歩いた。大通りを外れると、夜らしい暗がりのなかで街は息をひそめている。安普請のビルが建ち並ぶ通りをぬけると、時代的な建築物の残った一帯があった。周辺の暗闇は重々しく、一九二〇、三〇年代の上海租界時のちりが今なお地上近くを浮遊しているかのようだ。ぼく以外に人影はなく、自分の足音がひっそりとした夜気に吸収されていく。ふいに、どこかで鋭い叫び声が木霊こだました気がした。都会で夜毎に誰かが音をたてずに叫んでいる。自我の分裂する叫び。ホテルに戻る暗い道すがら、それは上海の夜を亀裂させるようにぼくのなかに響いている。