生きゆく先

 ホテルのロビーで知り合ったその女の子は現在二十歳で、京都の大学生という彼女もまた旅好きらしかった。雑貨屋を商う母親の手伝いと趣味を兼ね、旅をしながら商品の仕入れもしているのだという。自分のアンテナを頼りに各地をまわり、気に入った雑貨を安く買えるよう交渉するのは性に合ってるし楽しいんです、と彼女は言った。

 そんな話を聞くと感心せずにはおれない。同時に、心に自然発火していく反応をぼくは感じてもいた。肯定、引け目、羨望、後悔、自己否定、自己否定への反発、のようなもの。彼女のことを率直にすごいなぁと思う。しかし自分はどうだ、と考えが流れていく。二十歳のとき、ぼくは何をしていただろう。もしぼくなら彼女のようなことができたろうか? おそらく、できなかった。あのときこんな旅行ができていればどうなったろう……。しかし、とぼくは思う。それがなんだというのだ? 自分が彼女のようではなかったように、彼女もまた、かつてのぼくのようではないのだ。それらは考えたところで仕方のないことだった。それは、何かに触れたときに自然に湧き起こる単なる思考であり、他人と自分を比較することで生まれる感情だった。

 ただ、彼女は自由でこだわりなく、ねじ曲がったり引け目を感じたりすることなどなく生きているように見えた。そういう彼女は、これからどう成長していくのだろう。彼女の生きゆく先にはいったい何があるのだろう。もし未来の彼女の姿を覗ける道具があれば、見てみたい気がした。