彼女の事故

 夕方、ぼくたちがチョロンから宿に戻ると、一階のシルク屋の中年の女に声をかけられた。
「日本人の女の子がバッグを盗られたの。怪我もしたみたい」

 名前はわからないというが、どうやら医大生のウエノさんらしい。外に出ると、彼女の同行者のカヨちゃんと出くわし、事の顛末を聞いた。

 その日、ウエノさんはアオザイを着てシクロに乗り、チョロンにひとりで出かけたのだという。その途中でバイクに激突され、地面に投げ出された。気がついたときにはショルダーバッグはなく、ちぎれた革紐だけが手に残っていた。しかも腰を強打し、今は歩けないのだという。

 彼女にたいしてうっすらと抱いていた、危うげな感覚が現実のものになってしまった。
「言えばよかったですねぇ」とヤマちゃんが言った。「言っといたほうがいいかなって思ったんですけど」

 ベッドに横たわったウエノさんはよほどショックが大きかったらしく、放心状態だった。虚ろな目は焦点を結んでいない。カヨちゃんによると、ショルダーバッグも財布も日本で使っていたものをそのまま携行し、そこに全所持金――T/Cを使わず、ドルと円あわせて一五万円ほどの現金とクレジットカード――を入れていたのだという。ぼくたちがチョロンに行ったと知り、追いかけるように出たのだと後で聞いた。

「まわりのシクロドライバーやバイタクの人たちに、前から何度も、キミは危ない、気をつけたほうがいい、いつかひどい目に遭うって言われてました」ウエノさんは沈んだ口調で言った。「でも、もうホーチミンを歩けない。まわりのベトナム人たちにわらわれてる」

 そんなことはないとぼくは言った。今はまだ、道で彼女のことを訊ねる男たち――バイタクやシクロのドライバー――には同情が感じられた。それは彼女の華やかな外見と雰囲気ゆえかもしれないし、ベトナム人の男たちにとっては、おとなしく控え目で日本人女性像として映っているからかもしれない。

 宿に戻ると、さっき出来事を教えてくれた一階の店のおばちゃんに被害額を訊かれた。額を知り、おばちゃんは殻を閉じる貝のように黙りこんだ。ぼくが水を買いに出ると、バイタクの男が、日本人の女が金を盗られたって知ってるかと話しかけてきた。

「ベトナム人のあいだではその噂でもちきりだよ。やっぱりなってみんな言ってる」
「どうして?」
「ここでいろんな犯罪を見てきたおれらには、彼女の態度はどうみても隙だらけだったからさ」

 翌日の午後、クーラーのきいた部屋で横たわるウエノさんの顔を見て、ぼくはぎょっとなった。毒々しい化粧で蔽われ、別人のようだった。
「どうです?」ぼくは違和感を表に出さないように言った。「落ち着きました?」
「だいぶ」起き上がってベッドに座り直しながら、彼女は弱々しくつぶやくように答えた。

 打撲箇所が痛くてほとんど動けず、食事も同室の子が運んでくれるのだと彼女は言った。今日は外出せずいっしょにいてくれたらしい。宿の人も気の毒がってフルーツを持ってきてくれたりする。化粧品や日焼け止め、財布などのもろもろはいろんな人がカンパしてくれた。今の化粧も、あとで合流した同室の女の子が気分転換にとやってくれたという。ただそれは彼女に似合っておらず、そのけばけばしさと消沈した表情とのギャップがかえって痛ましかった。あとから合流したという女は、隣のベッドで仰向けに寝転んで安宿街にはそぐわない化粧をぬりたくっていたが、ぼくたちの会話とはまるで関係のない言葉――化粧品の名前やら思いつきの質問――をウエノさんに投げかけ、たびたび話の腰を折った。

 今朝ぼくが伝えたことは、何もなされていなかった。盗難届はもちろん、クレジットカード会社への電話一本さえ。その呑気さにぼくは呆れた。現実から遊離したような化粧が、彼女の心理状態を象徴していた。しかし本人の自覚しか現実との距離を埋められないのだ。方法を教えただけで何もしなかったのも、そのほうがいいと判断したからだった。ぼくは気を取り直し、これから片付けるべき事柄を話した。行動リストにして順序立てて説明すると、隣のベッドで化粧中の女が「どこかの営業マンみたい」と茶化して笑った。

 半時間ほどで部屋を出ると、ヤマちゃんが腹立たしげに言った。
「あいつ、バカじゃないですか。あんなバカ女、放っておいたほうがいいですよ」
「しかし、ベッドに寝転んでまつげをカールさせてた女、何者やねん。めちゃめちゃやで」
「完全に狂ってますよ」

 夕方、再度ウエノさんのホテルに出向くと、日本のカード会社への国際電話の最中だった。ただ話がうまく通じていないらしい。彼女の声はあまりに小さすぎたし、今後どうしたいのかを理解させておらず、話が堂々巡りになっていた。彼女がいったん電話を切ってから、何をしてほしいのかはっきり伝えなくちゃいけないと話すと、一見控えめな態度の底に、なぜやってくれないのか、自分は傷ついているのにという抗議が感じられた。彼女は、今日フルーツシェイク屋で相席した日本の大学生から、ガイドブックや五〇ドルの現金をカンパしてもらったのだと話した。しかしなぜか相手の名前や宿泊先さえ聞いていないという。明日ベトナムを出るそうなのでもう名前も住所も聞けないと思うという言葉に、信じられない思いだった。けれどこれもまた、今さらただしてもはじまらない話だった。とにかくカードの処理を早めにやるようぼくは促した。

「でも、もしかしたらかばんが返ってくるかもしれません」
「そんなこと思ってるの?」
 彼女はうなずいた。
「かばんっていうことは、現金もってこと?」
 またうなずく彼女に、そんなことはまずありえないだろうとぼくは言った。
「どうして?」
「そう思った方がいいですよ」とぼくは強く言った。

 なおもどうしてかと言い募る彼女に、呆れて返す言葉がなかった。シクロにさんざんカモられ、さらにショルダーバッグごと金を強奪されながら、目を背けて幻想に逃げ込んでいる。もしかしたらそのシクロもグルかもしれないのだ。名前も告げずに五〇ドルも恵んでくれるような、都合のいい人間ばかりに囲まれているとでも思っているのだろうか。

 外に出てテレホンカードを買い、公衆電話から日本のカード会社に電話した。コールバックしてくれるよう伝え、ホテルにかかってきた電話で今後の処理について訊ねた。彼女のクレジットカードは、旅行前にカード会社に連絡しなければ補償がきかないらしい。盗られた現金やバッグに関して盗難保険は適用できないが、再発行すればキャッシングは可能だという。親の同意を得られれば、ホーチミンの提携銀行で即日再発行できると担当者は言った。

「親には知られたくない」と彼女は主張した。「知られたらすぐに帰ってこいと言われる」
 それならば新しいカードは日本からの郵送でしか手に入らない。彼女はできれば旅行をつづけたいという。だったら手続きのことはできるだけ自分で考えるように、出歩く必要があれば手伝うが電話ですむことは自分でやるようにとぼくは言った。

 五〇万ドン(約五千円)を彼女に貸してホテルを出た。ぼくは、カフェで隣り合わせただけの彼女にガイドブックや現金をカンパした大学生の行為の根底にあったものは何だったのだろうと考えていた。その匿名の大学生は、結果的にせよなんにせよ、ただ彼女に与えたのだ。それなのに、ありがたみを感じているのかどうかさえあやふやな、淡々とした口調でぼくに伝える彼女。そんな彼女の前にいるぼくの行為の根底にあるものは何なのだろう。下心? 違う。それは紛れもない。彼女からの感謝? 別に望んでない。それは直接的なものではなく、もちろん欲望といえるほど明瞭なものでもなかった。いわば、遠い期待なのかもしれない。彼女を対象としたものではなく、自分に対する何か――未来とでもいえるもの――を心待ちにする気持ち……。

 明後日の朝、ひとりでダラットに発とうと思った。はっきりとした自覚だった。明朝、カード会社とのやりとりで彼女の旅行資金の目処が立ったら、そう彼女に告げよう。