銃声と月夜のコオロギ

 発端は音だった。

 その夜眠ろうとしていたとき、すぐそばの窓の外側で烈しい音が響き渡った。銃声だ! ぼくはベッドで石となり、次の音を待った。あまりの衝撃と緊張で身じろぎ一つできない。ぼくは息を殺し、じっと耳をそばだてた。けれど外には張り詰めた無音がつづいている。何があったんだ? 

 時間がたっても何も起こらなかった。しかし精神硬直は持続し、ぼくをベッドに縛りつけていた。蝶の孵化のように呪縛を徐々に解いていったが、動く気にはならなかった。音をたてないほうがいい。銃声は間近で聞こえ、外と自分のあいだにあるのはたいして頑丈そうでもない壁一枚。こんなものなど簡単にぶちぬかれてしまう。

 明朝にはプノンペンへ発つ予定だった。朝早くに起きなければならないのだからと思考を無理に閉じて眠ろうとしたが、寝つけるわけもなかった。頭が朦朧もうろうとして、負のイメージがふくらんでいく。誰かが自殺? もしくは殺されたのか? それか気の狂った奴が何かを狙っているのか。強盗、射殺、皆殺し……。爆発的な連鎖でひろがっていくイメージにぼくは呑み込まれ、運ばれていった。死、恐怖、不安……。

 夜から下痢をきたしていたぼくは、断続的に猛烈な排泄感に襲われた。けれど便所が部屋の外にあったために歯を食いしばって我慢した。ほどなく一匹の犬が吠えはじめ、呼応してあちこちで遠吠えがつながっていった。それでもなお宿のなかは閑寂として、誰かが起き出した気配はない。今の音は何だったのだと誰かに尋ねたかったが、外の廊下まで誰でも簡単に入ってこられることを考えると――それは思い違いで、アコーディオン式の格子戸が一応閉じられていると後で知ったのだが――部屋から出る気にはならなかった。

 どれくらいたった頃か、誰かが二階から降りてきて便所に入る物音が聞こえた。しかし何事もないように戻っていく。ぼくはまだベッドから動けずに固まっていた。まもなく警察が来て大騒ぎになるのではないか、それとも明日の朝くらいに死体が見つかり……。

 便所に出たのは一時すぎで、不審音から二時間になろうとしていた。おそるおそるドアをあけると廊下には誰もおらず、月明かりに照らし出された白い床で、たくさんのコオロギが舞い踊るように飛び跳ねていた。

 排泄感と恐怖感は去ったものの、心地よい眠りは訪れなかった。ぼくは異様な苦しさに呼吸を乱しながら、死んだ小犬のことを思い出していた。このゲストハウスに来た日のことだ。ここで飼われている小犬が敷地内の食堂でごろんと横たわって喘いでいた。暑がっているのだとばかり思っていたら、夫婦で旅行中という若いカップルが「朝、ひどく吐いていたんですよ」と教えてくれた。鮮血も混じっていたらしく、もう長くないだろうと彼らは言った。よく見ると、犬は腹を大きく揺らしながら苦しそうに呼吸している。ホテルの従業員がパンを口元に近づけても、気づいてさえいないようだ。白い紐を手にした従業員が、前足を二本持って寝返りをうたせると、犬はなされるがままだった。それでもすぐに死にはしないだろう、そう思いながらフランスパンサンドを買いに外に出て戻ると、犬の姿はなかった。

「あの犬ね、さっき死にましたよ」カップルの男の方が言った。
 唐突すぎて言葉が見つからなかった。自ら事切れたのか、死ぬ前に従業員がどこかに連れていったのか、それとも紐で楽にしてやったのか。さっきまでの犬の姿と死という事実がうまく結びつかなかった。それは遠い出来事に思え、ぼくは他人事のようにフランスパンサンドを食べ、誰かの言葉を聞いた。犬の寝ていた場所で、従業員が椰子の殻に灯油をかけて燃やしはじめた。床を消毒殺菌でもするためだろうか。しばらくして忘れた頃に、パーンという軽い破裂音が響いた。熱のこもった殻がはじけて粉々に飛び散っていた。

 さっきの銃声は、心なしかあの音に似ていないこともない。そんなことを思い返しながら、ぼくはまだ発熱に自覚がなかった。体のだるさばかりが意識を占め、浅い眠りの合間に切れ切れの思いが浮かんでは沈んでいった。気がつかず無理をしていたのかもしれない。自分のペースを見失っていたのだろう。体調に無神経になっていた。これはいい機会なのかもしれない。日本人コミュニティから離れ、別の国の人びとともっと接したくて宿を替わりながら、結局同じような状況におちいっていた。しかしそれも自分が招いたことだ。ゆっくり休んでいこう。どうせ決まったスケジュールも目的地もないのだから。これをきっかけにまたひとりに戻ろう。そんなことをまとまりなく考え、うとうとし、またほどなくして目をさます。腕時計を見ても、さっきの時刻から三十分もたっていない。それを朝まで繰り返した。

 先にプノンペンに戻ってくれるようナナさんに伝えに行ったとき、廊下をよろよろと歩きながら、ぼくははじめて自分のひどい発熱に気がついた。何も聞こえなかったよ、とナナさんは言った。

 食欲はなかったが、解熱剤を飲むため、そして少しでも栄養をという思いから、食堂までふらふらと歩いていった。しかし無理に食べてもただちに排泄されるだけで、熱はいっこうに下がらず、薬も残りわずかになった。消化のよいものといっても英語ではサルゥに伝わらない。身ぶりでのやりとりで発熱と下痢まではおそらく理解できても、細やかな気遣いは望むべくもなかった。

 幸い二日もすると熱は下がったものの、腰の沈む安造りのスポンジマットに横臥していたせいか腰が痛み、平衡感覚がなかなか戻らなかった。やはりプノンペンに戻るのを見合わせてよかったと思った。あれだけ暑く騒がしい所では治るものも治らないだろう。

 横になって、宿にあった一ノ瀬泰造の「地雷を踏んだらサヨウナラ」の半分ちぎれた文庫本を読んだ。窓の外には、真っ白な雲の浮かぶ透んだ青空があった。ときおり爽やかな風が窓から流れこんできた。