いい人間、ここにある花

 ノック音が響き、ドアをあけると彼女が立っていた。昨日知り合ったおばさんに記念撮影に誘われたからと、朝になってアオザイに着替えて出ていったばかりだった。
「写真だけ撮って、帰ってきました。おばさんが、今から息子さんのところに行って、ミュージックカフェに行かないかって言ってるんですけど、大丈夫でしょうか?」
「いや、わからん」
「ここの人は、行かないほうがいい、ユー・キャント・ゴーって言ってるんですけど、どうなんでしょうか?」

 他人に判断をゆだねる態度がただ不愉快だった。ぼくもいっしょにと誘われたというが、行きたくないから好きにするようぼくは言った。あとで窓から覗くと、ホテルのレストランで話をする彼女の後ろ姿が見えた。相手は、濃いサングラス姿が怪しげな中年の女だった。

 海岸沿いのオープンカフェにビリヤード台が並んでいた。昼食後の休憩がてら、男たちが球をつく姿を道から眺めていると、ふいに植え込みから男が出てきて、自分をおぼえてるかとやわらかな口調で言った。

 彼は、昨日ぼくがバスを降りてから通りで声をかけてきた、若くて感じのいいシクロドライバーだった。彼は立ちこぎしながら横をついてきて、よく知っている安いホテルがあるから連れていきましょうと紳士的な口調で提案した。ソフトに粘り強く勧める彼をあきらめさせようと、ぼくはウエノさんのことを口実に使った。彼女と出くわしたのは彼が去った直後のことだ。

 ビリヤードをしないかと彼はぼくを誘った。最初は少し警戒したが、しばらく近くで見せてもらうことにした。彼の友人と別の男とのゲームを眺めながら、彼らがなぜ昼日中からビリヤードをしているのか、こんなにのんびりする余裕があるのかと考えていると、彼が話しかけてきた。彼には京都に住む女の子の友達がいるらしかった。
「とても素敵な子なんです。彼女が日本にはいい男(good man)はいないというから、そんなことはないだろうって言ったんです。人によりけりだって。ベトナムにもいい人間と悪い人間がいるし、日本人も同じだと思います」

 彼の着ている古いワイシャツ――中年ビジネスマンがよく着るような白い長袖の――は襟元の生地が擦り切れていた。彼はときどきチラリと、たぶん無意識にぼくの服に目をやった。二か月使い回しているTシャツでも、彼にしてみればいいものに見えるのかもしれないとふと思った。ときおり風が吹くと、汗臭いにおいが彼のほうから漂ってきた。

「ぼくの名前はトゥーンといいますが、それはハンサムという意味なんです。名前はそうでも、あなたのようにハンサムではありません。あなたはガールフレンドがたくさんいるんでしょう?」
 否定すると、いるはずだと彼は笑った。ぼくが苦笑して訊き返すと、ベトナムの女の子はリッチな男が好きだからという。彼は、もう少しシクロでお金を貯めたら、英語とコンピューターの学校に行きたいのだと言った。将来は教師になりたい、ガイドの方がお金にはなるけれど、着る服もない貧しい子供たちに英語を教えたい。仕事を訊かれ、今は何もとぼくは答えた。辞めて旅行に来たと言うと、彼はうらやんだ。自分はたぶん一生海外旅行なんてできないだろう、と。ぼくが腰をあげかけると、夜ミュージックカフェでもっと話をしないかと彼は誘った。

「友達がいるから……」
「ああ、昨日探していると言っていた」彼はうなずき、女性とわかるとにやりと笑った。「あなたのガールフレンド?」
 彼はごまかさないでというような顔で、じゃあ彼女もいっしょにと言った。彼女は怪我をしていて歩けないからと返すと、自転車二台で迎えに行くからという。自分はいいが彼女はわからないとぼくは保留し、カフェをあとにした。

 晩飯後、そのふたりがやってきた。教師志望のトゥーンが申し訳なさそうに、仕事が入ったので途中で出るという。明日に変更してもいいとぼくが口にすると、「今日は今日、明日は明日」と彼は笑った。彼らが案内してくれたミュージックカフェは、明るい照明で周囲から浮かびあがっていた。店内にはベトナム語のポップスが流れ、客はぼくたちだけだ。トゥーンは現在二十三歳で、以前は大学に行っていたという。どういう大学なのかはわからなったが、家の経済状況から行けなくなったらしかった。

 トゥーンが店を出たあと、残ったホーン――昼間ビリヤードで負けていた男――と話した。六人兄弟の長男としてニャチャンの郊外で育ったという。現在はおじさんと暮らしているが、十五、六歳の頃は故郷の山で木を伐って机を作っていた。弟はいくつかの外国語が話せ、ホーチミンで中国と日本の合弁企業に勤めており給与は二百ドル。彼の稼ぎは月に十万ドン(十ドル弱)というので少なすぎる気がするが、ベトナムの人口は八億人で中国と同じくらいだという発言と同様(あとで調べると八千万人だった)、言い間違いなのか、それとも諸経費を引いた後の儲けなのだろうか。しかし、どうみても余裕があるはずのない彼がお茶代をおごってくれ、せめて自分たちの分は出すと言っても許さなかった。「郊外」までドライブしないかと誘われ、ぼくは彼女を後ろにのせ、彼について自転車を走らせた。オレンジ色の街灯が、夜の町を昼間とは違った趣で照らし出していた。

 翌日の晩、彼らとまた「郊外」に向かった。途中から街灯はとぎれとぎれになり、薄暗い砂利道になった。彼らがたまに来るというカフェは野外にあり、中央の天蓋付きカウンターキッチンをテーブルが取り囲んでいた。彼らは隅の暗がりに沈んだ場所を躊躇なく選び、ぼくと彼女はそこにしつらえられた二人用ブランコに無理矢理座らされた。普通の椅子の彼らが場を取り仕切った。けれど互いに英語力がつたない上にBGMがやかましく、相手の表情も見えないために会話しにくいことこの上ない。するとトゥーンが大声で言った。
「前はぼくが歌ったから今度はカワが歌ってください」

 昨日彼がだしぬけに歌いだしたのは、今ベトナムで流行中らしい、ぼくの知らない曲だった。ぼくが固辞しても彼らは許さず、結局、順番に全員が歌うはめになったものの、大音量のBGMにあらかたかき消された。彼らは自分たちが招いたのだからと勘定を先に済ませ、氷を頼んだりたえず話を振ってくれたりと気を遣ってくれる。礼を言うと、そんなこと言わないでとトゥーンが返した。「ぼくたちは友達なんだから、その言葉は必要ないんです」
 カフェを出て、横の池のほとりを歩いた。舗石の上で突然腕立て伏せをはじめたトゥーンの挑発にぼくが乗ってみせると、負けじとはじめたホーンはすぐさま力尽きた。トゥーンにからかわれると煙草がいけないんだとホーンは言い訳し、今日で煙草はやめると宣言した。トゥーンが今度は逆立ちをやりだすと、自分は痩せているからできないんだとホーンが嘆くように弁解し、ぼくたちは笑った。

 帰りがけ、鍵がないとトゥーンが言い出した。さっき逆立ちをした暗がりを探しても見つからず、仕方なく石で前輪錠を叩き壊してトゥーンはすっかりしょげてしまった。それでも自転車をこぎはじめると調子を取り戻し、ぼくの横に並ぶと「これくらいのスピードが出せる?」といたずらを思いついた顔で笑いかけてきた。ところが、先に行くトゥーンを追いかけはじめると道の凹凸で自転車がはずみ、その拍子に横乗りしていた彼女が小さく叫んで後部シートから落ちた。トゥーンは自転車を放り倒し、薄暗い砂利道にうつぶせに倒れた彼女に駆け寄った。すねの擦り傷から血が出ていた。トゥーンはポケットから金を出し、急いでそばの小さな売店でベトナム版メンタムのような塗り薬とティッシュを買ってきた。そして、怪我をさせてしまったという恐縮の気持ちを態度にあらわしながら、明日病院に行かないかと言った。
「ホーチミンでの事故のあとも検査してないんだし。ぼくがいいところを知っていますから」

 翌朝、受付で車椅子に彼女をのせ、外国人用の診察室に入った。男性医師はトゥーンたちに外に出るよう命じ、彼女を診察台に寝かせた。何が起こったのかと訊かれても黙っている彼女にかわってぼくがいきさつを説明した。医師は彼女のスカートをめくって患部を見ることなく、彼女の脛の昨晩の傷に少し手で触れた。彼女も横になったまま口をつぐんでいる。医師が部屋を出ていってから、自分でめくって見せた方がいいのではないかと彼女に忠告すると、日本の医者はそんなことないのにと彼女は不満をもらした。

 広い中庭に面した回廊を折れたX線のセクションで、彼女は被曝を不安がった。確信のないまま、ここはベトナム戦争の国だから大丈夫となぐさめるほかなかった。見たところ、日本の片田舎の診療所よりはよほど規模の大きな施設だった。レントゲン検査室で技師が彼女の右足のかすり傷に照射光をあて、脚の下にX線撮影用の板をはさんだ。ドアのそばで様子をうかがっていたぼくは中に入り、そこじゃないんだと説明した。わかったから外に出ろと言われ、扉を閉めて廊下の椅子に座ると、壁にX線注意の貼り紙と説明書が貼られていた。

 車椅子を押されて出てきた彼女に声をかけようとして、言葉を飲み込んだ。彼女は陶器のような硬い表情で放心したまま、ぼくの横を通りすぎていった。中庭に面した廊下で、彼女は車椅子に座ったまま宙を見つめていた。隣にしゃがんでどうだったかと訊ねると、「無駄だったと思います」と彼女がつぶやくように言った。一枚しか撮っていないようだったし、それもたぶん関係ないような箇所だったと彼女は嘆くように言った。
「日本だったら九枚くらいは撮ってくれるのに」

 黙り込んだ彼女から、不満の塊のような気配が立ち昇っていた。自分は意思を伝える努力もせず、まわりへの期待と要求ばかり……。ぼくはひさしく感じたことのない苛立ちを覚え、立ち上がって中庭を見つめた。美しい陽光が中庭に降り注ぎ、木々や石や土を照らしている。空は真青に澄み、自分が病院――ある意味で不運を背負った人々の集まる場所――にいることを忘れさせてしまうほどだった。

「きちんと説明したほうがええんとちがうかな」とぼくはふたたび話しかけた。「レントゲンを撮るくらいのもんやったら余計、見ただけではわからんやろうし」

 ぼくが紙と和英辞書を貸すと、彼女は自分の症状を書きはじめた。回廊の奥で、トゥーンとホーンが置き石に腰かけて話をしていた。ホーンは昨晩の禁煙宣言などどこ吹く風で煙草をくゆらせている。
「彼らは何て?」とトゥーンが柔かな口調で言った。
「まだ何も。X線だけ。でも、たぶん大丈夫やと思う」

 診察室に入ると、さっきの男性医がレントゲン写真を手に戻り、窓の光にかざしてじっと見つめた。彼女の腰から臀部にかけての骨格がくっきりと浮かび上がっていて、そういう部分の骨だけを目にするのは奇妙な感じだった。問題ないと医師は言い、彼女が書いた紙に軽く目を通すと、ただうなずいてぼくに返した。そして机から用紙を取り出して何か書きはじめた。買う薬のリストだという。
「私、持ってます」とベッドに腰かけていた彼女がぼくを見て言った。
「彼女は薬、アスピリンは持っています」ぼくは医師に伝えた。「だからそれ以外の薬をほしいんですが」

 医師が新しい用紙に一から書きはじめると、その薬は買わなくちゃいけないのかと彼女がまたぼくに訊ねた。むかっときて、自分で言ったらと言い返すと、彼女は目を伏せて黙った。結局、薬は買わないことになった。しかし診察料は二十六ドルで、ここベトナムではいくらなんでも高すぎると思われた。ぼくらといっしょに行けば安くなるというトゥーンの言葉を思い返しながら紙幣を数えて渡すと、医師は無言で受け取った。

 廊下で診療料を知ったトゥーンは「そんなに?」と表情を翳らせ、ホーンも腹立たしそうに舌打ちした。「ぼくらがそれを知っていたらもっと言えたんだけど」とトゥーンが彼女の幽体離脱したような顔を見ながら済まなさそうに言った。後日、この国では医者にもディスカウントを要求できるらしいこと、外国人はふっかけられるのでなおさらそうすべきだと他の旅行者から教わった。口添えしてもらうなら支払いの段階だった。ただ、彼らの悔しげな態度を前にすると、料金など取るに足りないことのようにも思えた。

 彼らはぼくたちの無料送迎のためにわざわざシクロ二台で来てくれていた。どこかに案内するとトゥーンが言ってくれたが、彼女はどこにも行きたくない様子だった。それで彼女をホテルでおろし、お礼に昼食をごちそうしようと近くのビアホイに入った。

 店の外で木のテーブルを囲むと、飲みくらべしようと言い出したトゥーンが、薄いビールを一気に飲み干してたちまち顔を赤らめた。午後からの決まった予定はないらしいが、彼らの仕事が気がかりで、飲み競ってへらへら笑うトゥーンをそれとなくたしなめた。しかしまるで伝わらず、彼らの労働観へのツッコミをぼくは胸のうちでつぶやいた。

 ホーンが、木を伐っていた頃はもっと酒も飲んだし体もたくましかったんだと語った。今はやせぎすでその面影はなかった。むしろ、細いなりにも筋肉がつき引き締まった体のトゥーンとは違い、シクロをこいでいるとは思えない体つきだ。昔は収入もそこそこあり、つきあっていた彼女と仲もよかったという。いずれは結婚しようと思っていた。けれど彼が大怪我をして入院すると彼女は態度を一変させた。彼が仕事を辞めざるをえないとわかると見舞いに来なくなり、彼らは別れた。

「前は金持ちだった。体もムキムキだった。でも今は違う」
 ホーンは赤ら顔で繰り返した。少年が売りに来た蒸しピーナッツを口に放り込み、「おれはヒョロヒョロだぁ」と弛緩した顔で笑った。

 物乞いがやってきて、ぼくたちの前に立った。身なりはそれほど粗末ではなく、これまでのぼくなら無視しただろう。けれどトゥーンは、これだけしかないけどといった素振りでいくらかを手渡した。そこには恵んでやるという気配はなかった。もしかしたら、ぼくを前にしたポーズのようなものも多少あったのかもしれない。思わずつられてポケットに手を入れながら、出会ったときの彼の言葉をぼくは思い出した。
「ベトナム人にも金持ちと貧しい人がいますが、ぼくは金持ちが貧乏人を見下すのが嫌いなんです。カフェに行くと、貧しい人が物乞いにやってきます。ぼくは金持ちではないけれど、彼らよりはお金があるので少し渡します。外国人でも、物乞いにシッシッって言う人もいます。でもそれはよくないです」

 そこにはいくぶん気負いも感じられないではなかったけれど、彼の言葉はぼくの心に涼風を吹き込んだ。そのときのぼくは、物乞いの多くと無関係を装うようになっていた。身近な内向きの関係にこもりかけていた自分に疑問をくすぶらせながらも、さしだされた手に空手を振ってノーという態度を決め込んでいた。しかしやはり、そうした態度は後にも今にも、誰にも、何ももたらさないだろう。何より、真摯さがないように思える。もちろん渡す額などちっぽけでたいした助けになるはずもなかった。ただ、今接しなければ、決定的なものが失われてしまう気がした。金の問題ではなく、大切なものが。日本で本やテレビを通して世界を知った気になっていたときのように。あのときの世界は、ここではないどこか遠くにあった。

 ぼくは、これまで自分が何にこだわっていたのかが、少しわかった気がした。ぼくが求めていたのは結果ではなく、善や正しさでもなかった。それは、目の前の現実と今どうかかわるのかという問いかけだったのだ。

 店の前の大きな火焔樹が赤い花を咲かせていた。
「きれいな花やなぁ」とぼくは言った。「でも、この美しさに気がつかへん人間にとっては、それはないも同じや。それは『ここ』にあるのに」

 人のすばらしさだって同じだ。ぼくは彼女のことを思い重ねた。彼女は彼らという存在にまるで気がついていないように思える。唐突すぎて、彼らにはぼくの真意は伝わらない。ぼくが繰り返してもふたりはとりたてて反応することなく、イカ料理に箸をのばし、汗をかきながらビールを飲んでいる。ぼくの独り言のような言葉は、強い日ざしに蒸発してしまった。太陽が動き、ぼくたちのテーブルに直射日光が降り注いでいた。