別れ

 北門のバス停近くの病院に入り、「外国人用」という英語のプレートが貼られた部屋をのぞくと、そこにいた患者はみな中国人だった。白衣の男に入口近くの受付に連れられ、四角スーマオでチケットを買って部屋に戻ると、順番も何もないらしく、すぐ診察がはじまった。

 保険会社から紹介されたのは近所の病院だった。肝炎になるとひどく痩せたりするそうだが、最悪でも日本に帰りさえすれば何とかなるだろう、病院で静養するのも悪くない。そんな妄想をして、少なくとも中都市か上海だろうと考えていたので拍子抜けしてしまった。

 水銀式の体温計で検温すると平熱より一℃高かったが、最近では低い方だった。肝炎を疑っていると説明すると、先生はぼくの瞼をめくって首を振った。横に立っていた若い助手にこれから五日の予定を訊かれ、「ありません」とぼくは答える。助手が小声でささやくと先生はペンを走らせた。わからない字だ。次に英字を書いたが、やはり理解できない。漢字の方に目を凝らすと、どうやら血を採ってもいいかと訊いているらしかった。あとで英字の綴りをよく見ると、血がblandとなっていた。

 翌日あらためて病院を訪ねると、血液検査の結果は陰性だった。肝炎でないなら、十日以上つづく発熱の原因は何なのだろう。昨日とは別の中年の女医は「炎症(口呼吸道)」と記した。今日が初対面で、カルテがあるわけでもなく、視診や問診することもなく、「陰性」と書かれた小紙片だけでそう断定できるのは、透視でもしているからだろう。それでも、とりあえず白と診断され少し気が楽になった。

 宿に戻ると、ナナさんはメグちゃんからいっしょに香港にと誘われてほぼ気持ちが傾いているらしく、独り言をつぶやきながらコースを考えている。雨がやんで昼食に出たとき、バスが予約できれば今晩発つよと彼はぼくに告げた。プノンペンから約三か月、ずっといっしょではなかったけれど同じコースをたどってきた。けれどここでお別れだ。それははっきりとした実感だった。ふと、洗濯物が乾いたらぼくもここを発とうと思った。

 急遽決まった彼らの出発は慌ただしかった。定刻をかなり遅れたバスにふたりは切符売り場の係の手続きミスではと気をもんだが、やがて当のバスが目の前に停車すると、「あのおばさん、ちゃんとしてくれたんだー」とメグちゃんは安堵の表情を浮かべた。ふたりがバスに乗り込むと、「じゃあな!」とぼくは手を上げた。胸が熱くなった。ドアが閉じ、バスは動き出した。その姿が小さくなるまで大きく振りつづけた空の両手に、固い握手の感触だけが残った。

 ドミには元の主が去ったベッドが並んでいた。そのしわくちゃなシーツを見ながら、目の前の空間に穴が開いてしまったような気がした。これまで別れたときにはこんなことはなかった。手持ちぶさたに体温を計ると、また熱が上がっている。出発前にナナさんに書いてもらったアドレスに添えられた机器猫のイラストをあらためてじっと眺めた。それは昆明の書店で見つけたマンガで、あきらかにドラエもんのパクリだが翻訳版ではなく、わざと下手にデフォルメされたようなキャラだ。それをナナさんは活き活きとしたタッチで描いていて、吹き出しの軽いトーンのメッセージに胸を打たれた。

 ぼくは、さっき彼らが発つ前に本を交換してくれとやってきた忘却君のドミへ行き、晩飯はすんだかと声をかけた。
「まだですけど」と彼はジョイントを巻いている手元を見ながら言った。「ちょっと今、仕事してるんで。終わったらそっちに行きます」

 いっしょに外に出ると小雨がぱらついていた。食後、オセロしないかと誘われ、升目を埋めながらぽつりぽつりと話をつづけた。彼とはカンボジアのシェムリアップの宿ではじめて会い、ホーチミンやハノイで再会して何度か言葉を交わしていた。ところがここでまた顔を合わせたとき、彼はそのことをまったく記憶しておらず、「すいません、忘れっぽいんで」と言いながら翌日にはもう忘れ、「中国の前はどこに?」と質問してくるのだった。それでもその態度にはどこか憎めないものがあった。

 やっとぼくの名前を覚えてくれたらしき彼が、どうして旅に出たのかと訊いた。適当な言葉が見つからずに「つまってたからかなぁ」などとお茶を濁したものの、ただというなら、そのもっと前からそうだった。

 ぼくは、出口のようなもの――がんじがらめに自分を縛りつける状況から脱け出すきっかけ――を求めていたのかもしれない。しかし、その場所も見つけ方も未だわからず、結局、毎日を漫然とすごしている点では今も同じだった。それでも、欠乏を埋めてくれるものをもとめて、ぎらぎらとした視線を落ち着きなくさまよわせることはなくなった。目的やゴールという思考は消え、主義のようなものに自分を押し込めようとする欲求も薄れ、そのときどきの気分のようなものだけが自分の行動基準となった。だから今は――今のぼくは――何もない。達成感に満たされることも、欠乏しすぎることもない……。

 オセロは圧勝だった。つぎに将棋をと誘われたが断り、他の誰かとやって帰るという彼を残し店をあとにした。ゲームのあいだもその後も、徒労感は変わらなかった。昨日、晩飯を食べながらナナさんとダイヤモンドゲームをやったときと同じだった。勝ってヨーグルトをおごってもらっても、不毛な感覚にしばらく心が波立った。目抜き通りの店はすでに閉まり、昼間とはがらりと雰囲気の変わった暗い道を歩きながら、他人との勝ち負けに今を費やす虚しさを感じていた。

 南門周辺は闇が濃く、人影とすれ違うたびに警戒心を覚えながら、それは相手も同様であるのが感じられた。石門をくぐると近くの店からカラオケが響いていて、あたりの古く落ち着いた町並みにそぐわなかった。