脱出前夜 プノンペン

 朝、街角に哨兵の姿はあったが、砲声はやんでいた。

 電話が通じるようになったらしい。紛争前に実家に出したエアメールが届いていれば心配しているだろうと、通りの公衆電話から国際電話をかけた。しかし、出てきた父の口調はのんびりしたものだった。ぼくは、今カンボジアだが明日ベトナムに行くとだけ伝えて電話を切った。

 一応事態は鎮静化に向かいつつあるようだった。詳しくはわからないが、ラナリット第一首相がフン・セン第二首相に追い出される形で国外へ敗走したらしい。とはいえ、ただちに混乱が収まるかはどうかは疑わしかった。

 近所の台湾料理店で食べた肉まんは、紛争など嘘のような味だった。略奪を恐れてシャッターを閉じていた店もぽつぽつと営業を再開し、人通りにも空気の変化が感じられる。

 昼も何人かで少し離れたインドレストランで食事をとり、ホテルに戻るメンバーと別れて他の二人と日本大使館まで歩いた。カンボジア人の警備員に許可を得て中に入ると大使館員は誰もおらず、白壁の小部屋の目立たない場所に「渡航自粛勧告」発出の文書がおかれていた。この勧告は衛星ニュースで知っている。目新しい情報はなく、期待していた日本の新聞も一週間ほど前のものしかなかった。大使館を出て通りを歩いていると、突然近くで銃声が響いた。とっさに身をかがめ地面に手をついて様子を窺うぼくたちを見て、そばにいたカンボジア人が嗤った。結局わけのわからないままに歩き出した。その数筋先では兵士が大勢集まり、何人かがバイタクで去ろうとしていた。

 夕方になると、ベトナムから陸路できたという大学生三人がタクシーで現れて注目を浴びた。わざわざどうしてこんなところにやってきたんだと問われ、そんなに危険だとは思ってもみなかったと彼らは答えた。道中の検問で何ドルか取られたが、他に問題はなかった、と。ただ、それを好材料と受け取ったのは、陸路越境が唯一可能なベトナムビザを持つ者だけだった。他の者は空路でここから出ねばならない。しかしポチェントン空港は通信設備が破壊され、復旧の目処はたっていない。空路しか手段のない者は完全に閉じ込められた状態だった。さらに一昨日、建設コンサルタント会社の日本人社員が自宅への直撃弾によって亡くなり、それまで野次馬的気分もなくはなかった旅行者を慄然とさせた。爆音や黒煙や兵士は記号ではなくなり、当事者としての身の処し方を迫った。にもかかわらずその選択肢がない。出口の見えない閉塞感から、誰もが新たな手がかりを希求していた。

 日の暮れ方、同宿の日本人たちが自然と廊下の踊り場に群れつどった。さまざまな話が飛び交っていた。アメリカ人から仕入れたというもの、はたまたカンボジア人、ベトナム人、情報元のわからないものまで、事実なのかデマなのか判然としないまま、つぎつぎと引用され、使い回された。

「ポル・ポト派が反撃の機を狙って北部からプノンペンに続々と集結しているらしい」とカバに似た顔貌の中年のおっさんが言った。「今はフン・セン有利かもしれないが、ポル・ポトの残党が市内に入れば形勢は一気に逆転するだろうね」
 彼は、日中ずっとちょこまかと動きながら情報収集に余念がなかった。これはアメリカ人ジャーナリストの情報だからほぼ間違いない、と彼は確信のある口調で繰り返した。
「今までのボクの経験ではね、彼らの危険情報で間違っていたことはないよ。今までほぼ百パーセントあたってる。彼らの情報網はすごいからね。アメリカを認めてるわけじゃないが、有事における彼らの情報収集力だけはあなどれないよ」

「この混乱に乗じて金品目的の強盗や殺人が多発する」と別のおっさんは断言した。「いちばんのターゲットは旅行者なのは間違いない」

 危険を感じた旅行者が武装警備員を配したソフィテルホテルに殺到し、部屋を確保できない人間がロビーにあふれているという。フランス政府はまとまった部屋を借り上げて自国民を退避させ、チャーターした輸送機をすでにタイに待機させている。大使館員がこの宿にも自国民の所在確認に来たという話だ。アメリカに関しては、まさか政府が何もしないはずがないだろう。それに対し、日本政府など当てにならないというのが大方の一致した見方だった。なにしろニュースでは未だに自衛隊機派遣の是非がどうのこうのとやっている。自国民の救援に憲法上の問題があるらしかった。それに、今日の昼すぎにやっと大使館員がこのホテルにいる日本人の数を確認しにやってきたくらいだ。それも、今朝通じた電話で宿泊者のひとりが実家に連絡し、その親の知り合いの政治家による圧力のおかげで、彼の安否を名指しで確認にきたついでのようなものだったという。

「それがなければ気にもとめていなかっただろうね」とカバ似のおっさん。
「個人旅行者なんて政府はクソにも思ってないからね」と別の男が言った。「ツアー客や商社の人間ならともかく、バックパッカーなんて彼らにしたら日本人じゃないんだ。ぼくたちが死んでも、ややこしいのが消えてくれてラッキーくらいが本心だろうね」

 極めつけは、大使館には避難してくるなという通知がプンンペン在住の日本人にあったとかで、責任回避的な役人姿勢に誰もが憤慨し、溜め息をついた。ところが、自分の身は自分で護るしかないという危機感を高めても、その方策となると皆口をつぐんだ。今、個人でできることといえば、警固のましな高級ホテルに避難するか、ビザがあればベトナム国境に自力で行くことだけ。しかし高級ホテルの部屋はとっくに埋まり、ベトナムビザの申請は現在不受理で、ベトナムへ向かってくれる無謀なタクシーもつかまらないだろう。

 空の余光が消えて闇が深まるほどに、皆の表情を不安と怯えの翳が覆っていった。ナナさんは、フキちゃんのヒステリーを案じて部屋に連れ帰った。各々の口から漏れ出る暗い見通しはおおよそ憶測にすぎなかった。けれど判で押したように酷似したトーンを帯び、楽観を圧倒した。今の状況でポル・ポトの残党が来れば逃げようがない、と。

 こんなときに感情的に動くのがいちばんいけない。自称ミュージシャンがそう声高に主張した。四十から四十半ばくらいか、長く伸ばした髪を後ろで括っている。彼は、日本人同士で連絡を密にしてあくまでも集団行動を取るべきだとまくしたてた。
「そうやろ?」彼はまわりを見回し、トリッパーを指した。「じゃあさ、ジブンが代表して若い人間をまとめてくれよ。ワシはそれ以外の人間をまとめるから。ジブンとワシとで連絡を密にすれば流れがすっきりするやろ」

 トリッパーは、ケミカル系ドラッグでよくハイになってタクさんと連れだってクラブに通っていた男だ。ところが、彼は自分に向けられた言葉と注目をあっさりと払った。
「嫌だよ。なんでおれが代表しなくちゃいけないの?」
「まとめる人間がおらんとワシら日本人だけバラバラやろ」
「おれがどうしてまとめ役なわけ?」
「おまえを見込んで言うてるんや」
「いいよ」トリッパーは白けた顔でしりぞけた。「おれは明日ここを出るから」
「出てどうするんや」
「ベトナムに抜けるよ、タクシーで」
「おまえ、死んでまうぞ! やめとけ、命を粗末にしたいんか」
「いいじゃん、おれの命なんだからさ」
「こんなときに出たらポル・ポトの餌食やぞ。ワシは心配して言ってやってんのや」
「いいよ、心配してもらわなくても。自分のことは自分でするからさ。他人の面倒見るなんてごめんだね」
「何やと?」ミュージシャンの表情に険が走った。「おまえようそんなこと言えるな」
「別に」とトリッパーは薄い笑みを返した。「何とでも言えるけど」
「おまえなめてんのか!」ミュージシャンが激昂し声を震わせた。「言わせておけばしゃあしゃあと生意気にほざきやがって!」

 周囲が固唾をのむなか、トリッパーは危ういバランスを保って言葉をかえした。
「なめてないけどさー。おれはおれで責任もってやるんだから、人の指図受けたくないしね」
「情けないのー」ミュージシャンは二次爆発せず持ち直し、説き伏せるように言った。「ワシだってほんまはひとりで動きたいわい。ワシらおまえらみたいな貧乏旅行者と違うんやで。ワシの銀行口座になんぼあると思う? 一千五百万持ってんねんで。おまえらそんだけあるんか? ワシは出よう思ったら、おまえらを残してなんぼでも出られるんじゃ。けどワシらの世代はそれをようできん。年上やし、若いモンや他人を放っておかれへん。日本人同士で助けあわなあかん思て言うてやってんのやないか」
「だったら自分ひとりで行動すりゃいいじゃん。おれは自分の命は自分で守るよ。他人に守ってもらいたくもないし、守りたくもないからさ」
「おまえ、喧嘩売ってんのか?」ミュージシャンは顔を紅潮させ、いきり立った。「やるんか?」
「いいよ。やってやるよ」
「ちょっと上に来い!」
 彼らは睨み合いながら上階に消えていき、カバ似のおっさんがいっしょに階段をあがっていった。

 あとで部屋にきたトリッパーの話では、上にあがるとあわや殴り合いという空気になり、自称ミュージシャンはビール瓶を振りかざして「おまえやる気あるんか」と息巻いたという。しかしカバ似のおっさんが取りなしたおかげで、日本人同士の内紛は終結したらしかった。

 シャワーを浴び、荷物をまとめた。ぼくは明日陸路でベトナム国境へ向かうつもりだった。運がよかったのかどうなのか、ベトナムビザが紛争勃発当日に発給されていた。さっきぼくがそう表明すると、まわりの人びとが口々にリスクを並べ立てた。

 ベトナム国境までのタクシーがつかまるのか? 国境まで行けたとして、開いているのか? カンボジア側がOKでも、ベトナム側が駄目な可能性もある。隣り合う二国において、一方が国境をあけ一方が閉じることなんて通常は考えられないが、疑問視する声はなかった。夕方にベトナムからやってきた大学生を取り囲んだとき、ベトナムとしては出国はさせても、ややこしい手合いがなだれこまないようにするのではという見解を誰かが述べ、それもありえない話でもない。何よりいちばんの問題は、道中の安全だった。検問しているのはたぶん人民党系の軍で、彼らが民間人を襲撃することはないだろう、たぶん。しかしふだんから警官がわけのわからない理由で旅行者に煙草や飲み物をたかり、金をせびる国だ。この紛乱は、人びとの脳裏にポル・ポトの時代の虐殺の記憶と恐怖を喚び起こしていた。同じ地で二十年ほど前の出来事と似たことが起きたとしても――混乱に乗じた強盗殺人や略奪行為ならなおさら――ふしぎではない。

 夜半すぎの静寂のなかで、誰かの脅すような声色が甦った。
「ポル・ポトの残党がぜったい国道に現れて、無差別でカネを強奪するぞ!」