脱出

 あたりはまだ暗かった。

 バックパックを担ぎ、眠っていたヤマギワさんとタクさんに声をかけて部屋を出た。ヤマギワさんも行くはずだったが起きる気配がなく、こんなときによく寝過ごせるものだと感心さえする。受付におりるとナナさんたちがやってきた。ところがフキちゃんの足元はサンダル履きで、腹立たしさが込み上げた。ここ数日ナーバスになって相当ナナさんに当たったらしいのに、足元にさえ考えがまわっていない。もしかしたら全力で遁走とんそうしなければならないのに。

 ナナさんとバイタクを拾い、ふたりでセントラルマーケットに向かった。昨晩は、こんなときにベトナム国境まで行くタクシーなどないという意見ばかりだった。そもそも営業しているタクシー自体ないかもしれない。そんな危惧をよそに、広場にはたくさんの車が客待ちしていた。ところが、「モクバイ」と聞くなりドライバーたちは一様にとんでもないという顔で首を横に振った。皆が怖気づき尻込みするなかで、やっとひとり、本気なのかわからない表情で百ドルならという男があらわれた。ふだんの相場は二三ドルほどらしいが、今回は五〇ドル――相場の二倍くらい――なら仕方がないと事前に打ち合わせていた。しかし百ドルは高すぎる。交渉しても七〇ドルまでしか下がらない。それで二手に分かれて他をあたった。しかし行き先を告げると誰もが呆れ顔で離れていき、国境は閉鎖していると断じる者もいる。それでもやっと六〇ドルなら行くという男が見つかった。ぼくたちの結論を待っていた一人目のドライバーに反応を促すと、五〇ドルに値を下げた。ぼくたちは、最初に声をかけてくれたし車もよく走りそうだからと彼に決めた。そして別の天秤にかけるのはやめて四人で割れる四八ドルで手を打った。

 ホテルのフロントには、寝起きの表情のヤマギワさんも降りてきていた。昨晩逡巡していたトリッパーとバンダナ君も出てきて、タクシーがつかまれば後から追いかけると言う。

 車が出ると、ぼくは昨日買っておいたフランスパンとナナさんにもらったバナナを水で流し込んだ。後ろにも勧めたが三人は何も口にしなかった。やがて市街地から離れるおびただしい車の流れに合流した。家財道具などを積んだ台車、窓からあふれそうな男と女たち、トラックのうしろに荷物のごとく積載された人びと。対向車も相当な数だった。大災害を逃れようとする野生動物の大移動のような往来を、ドライバーは頻繁にクラクションを鳴らしながら、アクセルとブレーキペダルを交互に激しく踏みつけた。煉瓦色の土が露出したでこぼこ道を派手にバウンドしながら、砂埃にかすむ前走車を追い越し、対向車をかわしつつ走り抜けていく。バナナや椰子の木が並び、緑色の大きな葉群が高木のあいだに繁っていた。

 日本製の車は、エアコンとパワーウィンドウ付きでまだ新しかった。車内に張りつめた沈黙のなか、ドライバーが気を利かせたのかカーステのデッキにテープを入れた。そして流れ始めた曲に呆然となった。

――あなたなーしじゃ だぁぁめぇー あなたなーしじゃ だあぁめぇー

 それは日本の歌謡曲で、この緊迫した状況とあまりにもそぐわなかった。力の入った節回しが逆に間延びして聞こえおそらく全員がおかしさを感じながらも、押し黙ったまま口を開かなかった。

――このまま すぐに消えてしまいたい のぞみない ゆめもない この世から

「なんで演歌がこんなところにあるねん……」
 日本の友達からもらったというカセットテープの容器には、ぼくたちの覚えのない男の名前と曲名。防衛本能から維持しようとしていた緊張感を邪魔するように、歌は車内に響いた。ぼくは思う。頭のなかで抱いたイメージではなく、これこそが現実なんだ。

 入り乱れた車列の緊迫感の滲み出た姿に、当初は危機感が増幅されるばかりだった。しかし視界に郊外の牧歌的な空気が漂いはじめると、もしかしたら大丈夫かもしれないという思いも湧きおこる。気を緩めてはいけないと自らに言いきかせながらも、青い空と真っ白な雲の下には田園風景が広がり、ところどころに椰子の木がまっすぐ幹をのばし、道はどこまでも赤茶色だった。男と女が頭に載せた篭で土を運ぶ光景も目にした。道にできたくぼみに土を放り込んでは固めている。こんなときに補修作業か……。

 それでも最後まで何が起こるかわからない。国境閉鎖の場合にはとんぼ返りもありえるとフキちゃんらに伝えており、わざわざ緊張を解く言葉を口にする必要もなかった。

 第三者に車を停められるときこそ危険だと想定していたぼくは、助手席でフロントガラスの向こうに視線を据えながら予兆を見逃すまいとした。期待を裏切るように流れが詰まりかけるたび、止まるな、止まるな、と念じるように繰り返す。もし何か起こるとすればそれは唐突で、まず車の流れが停滞してしまうだろう。そしてたぶん対象の区別もないだろう。いつもの二倍の報酬とはいえ、ドライバーの横顔も硬いままだ。出発前、彼は家族に行き先を告げるからと近くの自宅に寄った。珍しくコンクリ造りの一軒家で、ガレージにあったもう一台の車が裕福さを示していた。それらは今日のようなリスクを取ることで得られたのかもしれないが、もし何かあれば軒先で遊んでいた小さな子供にも会えなくなるのだ。

 にわか作りの遮断機の前で車が止められた。自動小銃をさげた兵士が車内を覗きこむと、ドライバーのおっさんがグラサンを取り、こわばった表情で二言三言口にした。兵士がぼくたちの顔を凝視し、ぼくは視線を逸らして無表情を装う。パスポートを要求され、ホテルの経営者のおっさんにアドバイスされた通りコピーを手渡した。ひとりがそれを手に向こうの屯所に歩いていくと、別の兵士が全員外に出ろと命じた。

 熱い外気が体を包んだ。エアコンで整えられたものではなく、生のカンボジアの空気だ。政府軍だから大丈夫とぼくはフキちゃんに耳打ちした。でも、そうであろうと安全の確証などなかった。一見どうもない果物の中身が腐っていることがあるように。トランクをあけて荷物検査がはじまったが、最初のフキちゃんのだけであとは省略された。ぼくたちがふたたび車内に入ると、賄賂は要求されずにパスポートのコピーが返された。丸太の遮断棒が上げられ、ドライバーは慎重にゆっくりと車を発進させた。

 二か所での検問のあと、今度は別の様子で流れが詰まってしまった。ぼくの心臓はまたもや速打ったが、渡船待ちだというドライバーの言葉に胸をなでおろす。ドライバーが別のテープをセットすると、音の割れたユーロビートが車内に空ろに響いた。けれど誰も反応せず、車ごと乗船した後もそのままじっと口をつぐんでいた。すると貧しい身なりの子供たちがやってきた。たばこやガムといったささやかな商品をのせた小箱を首からつるし、ジュースを手に一台一台に示し歩いている。対岸までのわずかな時間の仕事。こんな姿はふだんなら珍しくないが、ぼくは窓ごしに彼らと目を合わせて首を横にふりながら、胸の奥処おくかに震えるような何かを感じていた。

 川を渡ると、青々とした木々に囲まれたのどかな道と村があった。ドライバーは少し緊張が解けたのか、ここらへんに知り合いの家がたくさんあっていつも寄り道するのだと楽しげにしゃべった。

 カンボジア側の国境、バベットのイミグレーションに着いたのは一一時をまわった頃だ。国境は開いているようだった。無事着いたというメモをナナさんがドライバーに託した。宿の人びとに渡してもらうように、と。

 ビザのスタンプの上に三角の出国スタンプが押されたパスポートを手に国境ゲートをくぐった。ベトナム側のイミグレの建物に入ったのは一一時半で、ここでいちゃもんでもつけられて引き返すなんてまっぴらごめんだ。傲岸な係官の態度に嫌な気分にさせられたけれども、手続きが終わって建物から出たときには晴れ晴れしかった。ちょうどトリッパーとバンダナ君が到着し、ヤマギワさんと声をかけあった。

 ぼくは急に尿意をおぼえ、近くの小屋の後ろで小便を放った。ほんとうに何もないんだな……。目の前には雑草のはえた茶色い平原がひろがり、ときおり吹き抜ける弱い風が葉を揺らしていた。