汚れた背広と肩の重み

 バスチケットに発車時刻が印字されているのが意外だったが、やはりそれは形だけだった。まとまった人数が集まるまでさんざん待ってターミナルを出ても、道行く人に呼びかけながらぐるぐると周辺をまわった。

 狭い座席と一二時間ほどの距離を思うと先が思いやられた。バイパスのような高架道にあがったかと思いきや、歩行者がいればがくんとスピードを落として声をかける。折り合いがつかなければ急発進する。ほどなく一般道に降りたが、全席が埋まると運転手はにわかに飛ばしはじめた。ラリーレースにでもエントリしたような暴力的な走りで、隘路でもスピードを緩めず通行人の真横を走りぬける。窓からの風で上半身は涼しかったが、旧型バスのシートはベトナムと同じくビニール製で、尻の下が汗ばんだ。

 途中で乗り込んできた隣の男はすぐさま眠りこけ、停車時以外、眠り通しだった。ぼくにもたれかかってきて、上半身だけでなくときどき頭まで肩にのせてくる。その重みを支えるだけで一仕事だった。それで、ぼくは男がこれほどにも眠りつづける理由を考えてみた。薄汚れた背広を着た彼の仕事は、見た目では想像し難かった。埃まみれのスーツ姿の肉体労働者を町でよく見かけたけれど、彼もそうなのかもしれない。この距離からして帰郷だろうか。それともこれから現場に向かうところなのかもしれない。これだけ熟睡しているのだからよほど疲れているのだろう。同情をおぼえながらも、病人の自分が見ず知らずの男の安眠に気を遣う理不尽さを思った。あからさまに押し返したりはせずとも、一方で、自分は不寛容な人間なのだろうと考えるのだった。

 途中からひどい悪路になり、バスは揺れに揺れた。下手をすればパンクしかねない尖った石片がごろごろしていて、椅子の上を上下に跳ねながら、観光名所だという大理に到る道がなぜ整備されていないのか解せなかった。高速料金をケチっているのかと思いきや、同じ道を走る大型バスに合点がいった。各所で山を崩し斜面を補強している光景をつなぎあわせると、どうやら高速道路の建設中らしかった。もしくは二年後に開通予定だという鉄道の敷設なのかもしれない。

 あちこちの山から土煙が立ちのぼっていた。切り崩された斜面の下方には巨岩が転がっている。かつて川のせせらぎがあったとおぼしき場所に大量の岩塊が崩落し、単なる排水路と化している。そんな光景の過激さには、開発よりも破壊という言葉がぴったりで、おぞましいというほかなかった。周辺の山に木立ちは見えても、空気は澄んでいない。前を行く車がもうもうと黒煙を撒き散らしている。それはこのミニバスも例外ではなかった。

 矛盾した感覚だった。旅行者として道の未整備を不可解に思い、そんな自分を将来スムーズに運んでくれるための工事風景にぞっとしている。いずれは人工的、機能的に整頓されていくのだろう。しかし、何年かしてたとえ表面的な形が整えられても、その底には今日感じた同じ醜悪さが存在しつづけるのだ。

 田舎の小さな給油スタンドに入った。建物のあいだでアイドリングするバスの窓から排気ガスが流れ込んできて、ぼくは外に出た。強い陽光が降り注いでいたが、木陰に入るとちょうどいい気温で、ときおりやさしい風が吹き抜けると肌寒いほどだ。朽ちかけた赤い煉瓦塀に長い標語らしきものが書かれていたが、母体ごと剥落しかけて内容は判別できない。その横の真新しい壁には白ペンキで「汽車配件」「旅社」といった広告が書かれている。人民服姿の男がアヒルの群れを追い立てながら、目の前を通りすぎていった。

 再発進後、ふと目をさますと、窓の外にまばゆい光があふれていた。一面に稲が実った大地の黄金色の美しさにぼくは見とれた。空が青く澄み、稲が穂を垂らしている。そこに欠落はなく、それだけで完結していた。これまで通りすぎた場所と同じく、たぶん経済だけを切り取れば人々の暮らしは質素なのだろう。それでもここには生の豊饒が感じられた。人間だけではない多様な生の営みが身近に存在し、物事の森羅万象が感じられる場所がそうでないならば、他のどこが豊かだというのだろう。

 できればここで降りてしばらく滞在したいという思いつきをかき消すようにバスはあっけなくその地を通りすぎ、坂を上りはじめた。山腹で、天井のタンクに水が補給された。国産の中型バスは、エンジン冷却に多量の水が必要らしい。発車すると天井の給水タンクがたぽんたぽんと音をたて、漏れ出た水が窓に斜めの線を引いた。峠から振り返ると、遥か眼下に街が見渡せた。自分が遠くまで来たことを実感した。空の青色に赤みが混じりはじめていた。

 町に入ると、強制的にバスを降ろされた。まだ大理ダーリーではないらしいが他の乗客は去り、ひとり残ったおばさんも、大量の荷物を車の天井からおろすと早々と立ち去った。事情が飲み込めないぼくたちに、運転手のおっさんは向こうを指すばかりだった。大理と記されたチケットを示すとおっさんは大きくうなずきながら、近くのバス停にぼくたちを連れていった。

 夕陽が沈もうとしていて、空は柿色に染まっていた。風は肌寒く、秋を感じさせた。灰色のビルが並んでいたが、街にはどこか優しい印象がある。ここにあるものは昆明にあったものとは違う気がした。やってきた路線バスの服務員におっさんは声をかけ、金を渡した。

 ひどく混み合った車内で、ぼくたちのバックパックはあきらかに邪魔なはずだった。しかしぼくたちが外国人であることも含めて誰もとりたてて反応を示さない。停留所ごとに数人が降りては同程度の客が乗り込んできて、乗客は減らなかった。目的地で降ろしてくれるようおっさんが頼んでくれたらしいが当てにはできず、服務員が叫ぶ停留所名に耳をそばだて、外に目を凝らした。しかしほどなく日がとっぷりと暮れ、なにも見えなくなった。

 天井灯のざらざらとした光が満員の車内を弱く照らしていた。視線を落とすと、前に立つ女の子のズボンのポケットから一〇元札がはみ出て落ちかけていた。二十代前半くらいの、愛らしい顔立ちの女の子だった。反応が予想できず、睨まれでもするかもと思いながら教えると、彼女ははにかみながら「謝々」と言ってポケットに札を押し込んだ。その素直な態度にほっとし、うれしくなった。「ありがとう」という生の中国語を中国に入ってはじめて耳にした。彼女のようなやわらかい表情を目にしたのもひさしぶりのような気がした。

 やっと目的地らしき場所で降りると、あたりは闇のなかに沈んでいた。民家の明かりがぼうっとかすんでいる。観光地らしい賑やかさもなく、ほんとうにここなのか確信の持てないまま、ぼくたちは歩きはじめた。