出発

 彼らは人生を捨ててしまったのだろうか。

 ぼくが十代半ばをすぎた頃の話だ。バブルと後によばれる時代を迎え、若者たちはデザイナーズブランドを身につけ、プラスチックのあふれはじめた街で大量消費文化を謳歌していた。一九八〇年代も半ばにさしかかり、時代の気分は六〇年代や七〇年代とは断絶していた。その華やかさからは距離のあるところにいたぼくもまた、否応なくそこに取り込まれつつあったのだろう。それはただ時間の問題だった。大学という場所にたどりつけば、次は休息をかねた楽しい潮流にしばし身を委ねられる。それまでの集中と排除。要約すればそんな毎日をすごしていた。

 なかば記号化された狭い世界のなかで、仕事をやめて長い旅に出かける話をたまに耳にすると、不可解に思った。そこでは「放浪」という言葉がよく使われていた。放浪――なるほど、なかなか格好良い響きだ。ただそこには放棄のニュアンスが含まれている気がした。仕事や生活、あるいはそれまでの人生の放棄。そうなのだろうか。彼らはいったい自分の人生をどう考えているのだろう? 自由旅行という言葉がすでにあったかどうかはおぼえていない。ただ、ときに批判的に語られながらも終身雇用や年功序列には重工業並みの堅牢な響きがあり、転職にも気軽な雰囲気はなかった。社会にはまだ硬い膜が残っており、それはつまり個人を縛り、かつ守るものでもあった。ただし、いったんレールをはずれてしまえば、もとの道に戻ることはできない。彼らは《もうここには戻れない》のだ。それでも旅立って行く。マトモな生き方を捨て、風に吹かれるかのように……。何のために? 理解はできなかった。ぼくにとって彼らは別世界の住人に感じられた。もちろん自分がそこに立つなど夢にも思わずに。

 しかし時は流れ、気がつくと自分がそこに立っている。人生を棄てたつもりはなかった。振り返ると、あそことここはひとまたぎだ。今はもう時代が違うのかもしれない。二十世紀も残り数年で、海外旅行者は毎年増加し、ひとり旅といっても放浪という言葉は似つかわしくなくなっている。ただ自分のどうしようもない切実さだけが、過去の遺物を引きずっているかのようだった。けれどそれは興奮に包まれたものではなく、はっきりと形ある期待に支えられているわけでもなかった。

 出発の日、関西国際空港へ向かう電車の窓から、すぎさっていく街をぼくはじっと見つめた。朝の澄んだ空気のむこうに、日雇い労働者たちが職を求めて集まることで名の知れた一角が見えた。早朝にもかかわらず、すでにたくさんの男たちの小さな姿が沈んだ色合いのかたまりを成しつつあった。部屋を引き払うまで二年ほど住んだ町のそんな状景を目にするのははじめてだった。

 同じかもしれない。自尊心がそうではないと思おうとしているのかもしれないが、彼らとぼくは同じなのかもしれない。積み上げてきたものを崩し、得たものを放棄しては、どこにもたどりつかず、結局社会のよどみに押し流され、もがきつづけるのかもしれない。根無し草のように。そうやって、いったい何を探しているのだろう。

 そこにさっと別の思いが射し込む。これから行く場所には、自分が今まで築いてきたもの――過去の知識や肩書きや経験――では通じない世界がある。それがぼくを根源的なところにたちかえらせる……。たとえそうだとしても、そこで何を得ようというのか。もしそこが今のぼくに想像できない世界であるのなら、それもまた未知のものなのだろう。しかし、ほんとうにそんな何かが、この狭くなった世界にまだ残っているのだろうか。

 そんな懐疑からの旅立ちだった。