変わることと変わらないこと

 その町の時の流れはゆるやかだった。外の日向で爪を切っていると、ひさしばらく忘れていた感覚に包まれ、ぼくは手を止める。それが何なのか、容易に糸をたぐりよせることができた。それは幼いころ触れていた空気で、ここに今も存在するものなのだろう。五感に沁みこんだ記憶と現在とが融け合うとき、どっちの時代を生きているのかふとわからなくなる。

 子供たちの姿におぼえる郷愁に似た感覚もそうだ。通りで彼女が写真を撮っていると、子供たちがわらわらと集まってくる。坊主頭やおかっぱ頭で、いつ洗ったかわからない顔に青っぱなをたらしている。丈の短いのや大きすぎるズボンやシャツは薄汚れ、ところどころ穴があき、擦り切れている。毒々しい色のキャンディーをなめ、虫歯で溶けた歯を見せて屈託なく笑い、大事そうに抱えているのは遊び道具の廃材だ。好奇心が強く物怖じしない一方で、自分に関心が向けられると途端にはにかみ屋になった。彼女がレンズを向けると歓声をあげて逃げ散り、少しするとまた近寄ってきて、彼女がぱっとカメラを構えるとはしゃいで逃げ回る。カメラを撮る仕草は鬼ごっこ開始の合図になった。そんな取るに足らないやりとりが楽しく、それはぼくが幼かった頃の空気に似ていた。蒼いエネルギーが、若々しい気分とともに濃い陰を社会に投影していた時代だ。不便をコミュニケーションで補う、人々の距離の近さや親密なつながりが町角のそこここで感じられた。

 夕空の光が失われていく頃、ぼくたちは仏教寺に入った。森閑とした境内に人影はなかった。壁に大きな絵がいくつか描かれ、ビルマ語らしき短い説明文がついている。おそらくそれは、ブッダが生まれ悟りを開きという説話だった。けれどぼくは別のことを考えていた。人はさまざまに条件づけられている。日常のなかで作られる自我もそのひとつだ。たとえば欲望がかきたてられると、人は思考や概念でそれらを囲い、理想や目標や主義として磨きあげ、手に入れるべきだと考える。はたまた恐怖心がわきおこると、自己を守ろうとし、安全な檻のなかに自らを閉じ込める。欲や恐怖を起点とした思考が強化されるとそれこそがとなり、とらわれればとらわれるほど、その時々の自然なふるまいから離れていく。そうしたものを無意識のうちに優先するのが日常であり、われわれが常識と呼ぶ行動規範だ。

 彼女と再会して話を聞きながら、絵のためによほど無理しているんじゃないかと感じられた。この数日いっしょにすごし、その思いはますます強くなった。彼女はまるで獲物を追い立てるように、絵に自分を追い込んでいる。それは能動的であるようでいて、実は現在の彼女は過去の自我にたいして受け身で、それゆえに息苦しくなっていることには気づいていないようだった。理想を思い描く自分が、その理想どおりにならない自分を嵌め込もうともがいている。そうやって分裂しているのはぼくも同じだった。

 ぼくは、人は条件づけられた自我にとらわれがちで、それが足枷となってその時々の自然な行為がゆがんでいくと話した。小首を傾げた彼女に、ぼくは言い足した。
「今は気ままに旅をして、日本でとらわれてたものから開放されたような感覚でいるけど、帰国したらまた前と同じようなしがらみに縛られて、自由ではなくなっていく気がするよ」
「そう?」彼女は疑問を呈した。「わたしはそうは思わない。しがらみなんてないし、自由だから」
「そうなんや」
「でも、前にも同じようなことを言ってた人がいた」

 自分は旅先ではいい人間になれるけれど、日本に戻ると違う。以前出会った旅行者が、彼女にそう話したという。旅のときと日本では自分は変わってしまう、と。そのとき彼女は反論したらしく、今も否定的な口ぶりだった。

「それで、彼はなんて?」ぼくは少し笑って言った。
「何も言わなかった。でも、笑ってたかもしれない」
「いい人間っていうのは、どういう意味やったのかな?」
「くわしくは訊かなかったけど……」

 いい人間――ハノイを発つとき、ジン君と握手して別れたときにそう言われたことを思い出した。彼が熱を出して臥せっていたときぼくが少し面倒を見たので、命の恩人などという大げさな表現とともに、ぼくのようなにはじめて出会ったなどと言ってくれたのだった。けれどそれはぼくの実感とはかけ離れていて、自己イメージに積み重なることもなかった。なぜなら身に沁みてわかっていた。ふだんの自分がいかに利己的で薄情かを。ところが、だからこそ求めるときがある。その空しさを埋めてくれるものを。自分は価値ある人間だと思いたいために自分の行為の意義について考え、自分本位だから愛とは何か思いをめぐらせ、狭量だから器量が大きいように装う。そして、それらはまるであるがままの自分であるかのように自己イメージとして蓄積されていく。しかし、それも自我を取り巻く欲のひとつの形態にすぎず、思考をなぞる行為に善も愛も存在するはずもない。ところが、それがぼくという人物の実際だった。そうわかっていても、利己的なぼくの自我は先を勝手に走っていく。ぼくの旅も、いわばそこからはじまったのだ。ただ、彼女の出会った旅行者の言うように、旅先ではすこし異なる瞬間があるのかもしれない。いつもの欲や自己防衛の殻から一時的に開放され、過去にも未来にも捉われない自然な行いには、別のものが生まれうるのかもしれない。ぼくは彼女の会った旅行者の気持ちがわかる気がして、代弁するように言った。

「日本では人間関係なんかに足をとられて、なかなか旅先のような気持ちで振舞われへんとか、そういうことなんかな。つまり、社会から縛られるだけじゃなくて、自分で自分を縛りもするやろ? そういうのから旅先では多少なりとも自由でいられるということなんちゃうかな」
「でも、わたしは変わらない。日本でも、旅先でも」

 自分はこれまですべてを絵に捧げてきた。それは自分自身の選択だったし、今もそう。わたしは縛られていない、と彼女は言った。だとしたらなぜイギリスに行こうとしているのだろうとぼくは思った。彼女は、ゆくゆくはそこで暮らしながら絵を描こうと考えていた。しかし、何にも縛られることのない自己を絵にするのなら――彼女はイギリスの何かを描くつもりでもなかった――日本から離れる必要もないだろうに。しかし口にはしなかった。日本にいると絵そのものとは関係のない些事に気持ちを乱されてしまうと前に彼女自身が言っていたのだ。自由に見える彼女だって縛られている。彼女と数日行動をともにして、そうはっきりと感じていた。

 話は前後するが、昼間、マーケットで日本人の団体に出会った。彼らは農業視察中だとかで、ぼくたちに名刺をくれた農協幹部の年配の男性は、観光名所でもない町で日本人の個人旅行者と出くわしたのが意外な口ぶりだった。「旅の目的は何ですか?」と彼は訊き、とくにないとぼくが曖昧に答えると、彼はふしぎそうな顔をした。あえて言えば、旅すること自体が旅の目的なのかもしれないけれど、理解されないだろう。彼女の旅もぼくと似たようなものだった。少数民族の衣装に惹かれているといえ、その収集や創作のモチーフ探しが目的ではなく、だからこそ、本来なら絵に集中すべき状況下で日程を長引かせていることに罪悪感をおぼえているのだ。

 一方で、彼女の言葉通り感心させられることもある。たとえば彼女は、道で子供に話しかけるときには相手だけに集中しているふうだった。そこにできるのは彼女と子供の完結した関係性で、彼女とぼくのふたりと子供ではなかった。そういう意味では彼女は自己の境界線がかっちりしていて、「変わらない」ように見える。対照的に、ぼくは彼女といるときには目の前の子供と一対一で向き合えない。彼女の存在はぼくにとって強い引力となり、まわりとの関係性のひとつとなる。そんなことをぼくは自覚しながら、そろそろひとりに戻ろうと考えていた。

 寺を出ると、地平に向かって田畑がひろがり、地平と山の稜線が薄闇のむこうで滲んでいた。遠くのほうで、藁でも燃やしているのか大きな野火が点々と浮かんでいる。その光景には音がなかった。静謐せいひつのなかに浮かんだ炎の輪郭だけが微かに揺れ、薄墨色の世界に繊細なアクセントを加えていた。