ビューティフルなもの

 外に出ると、あがりつつある気温もまだ不快なほどではなかった。日陰ではときおり吹き行く風が心地よく、朝の豊かさを実感しながら、ぼくは屋台の横でおばちゃんに出してもらった椅子に腰かけていた。

「あなた わかい、わたし としより」
 おばちゃんはバゲットの切り目に具をつめながら、わかりにくい英語の発音で繰り返した。そんなことはないとぼくが首を横に振っても、「あなた ハンサム」と彼女はできあがったバインミーをぼくに渡し、自分を指さして「きれいじゃない」と言う。あらためてどちらかと訊かれれば、ビューティフルというのはお世辞にすぎるのかもしれない。けれどそんなこと気にしたこともなかった。ぼくはただおばちゃんのおいしいバインミーが食べたくて毎日通っているのだ。でも、おばちゃんに通じる別の言葉をうまく見つけられない。
「いや、きれいですよ」
 そう返すと、おばちゃんが次に口にした英語らしき言葉はまるで理解できず、訊き返してもその質問自体が通じない。それで、おばちゃんが手にしていた英語学習用の小冊子を借りて開き、「あなたが幸せでありますように」という対訳つきのフレーズを見つけ、指で示した。そして、微笑みかけてバイバイとその場を離れた。

 ビューティフルか……。昨晩の彼女は男たちからしきりにそう言われていた。ディスコパブでのことだ。ぼくたちと同じ大テーブルの向かい側に、日本人風の女の子が座っていた。ベトナム人のようにも見え、横にいる十代位のベトナム人の青年とカップルのようにも思えた。そのうち青年の友人らしき男二、三人がやってきて、彼女に「ユー・アー・ビューティフル」などと話しかけた。

 日本人かというバンダナ君の問いに彼女はうなずいた。大阪出身の二十一歳で、ビジネスビザで入って三か月目。ぼくたちを道で見かけたこともあるらしいが、ぼくの記憶にはなかった。今日はバイタクの男の子に連れられバイクでメコンデルタまで行ってきた、と彼女、レイちゃんは言った。ベトナムの男たちには、自己主張が強くなくやさしい日本人の女の子は人気があり、おまけに金払いもいいから客としても言うことなしだろう。

 昼前、ぼくたちが菓子とケーキとビールを抱えてニューワールドホテルのロビーのソファで座っていると、レイちゃんが黄色いドレスで登場した。昨晩、スローテンポの曲にあわせて体を揺らす彼女は濃い陰影を帯び、周囲とは別種の艶やかさを放っていた。しかし、今日の印象はがらりと違っていた。

 ドアマンは彼女の華やかな姿ににっこりと笑いかけ、「よい一日を」とドアをあけた。係の呼んだタクシーに乗り込み、ぼくたちはベップさんのマンションに向かった。

「最近、タクシーにはついてないよなぁ」
 ヤマちゃんが助手席で不機嫌そうに舌打ちした。運転手が大まわりしていることに気づかないほど、ぼくは彼女との会話を保つのに精一杯だった。

 彼女は日本語学校で講師をはじめて数か月で、日本の短大を卒業後に来越したという。昨晩はそんな話からここで働くベップさんの話になり、軽はずみに彼女を誘ってしまったのだ。高校時に一か月オーストラリアに交換留学していた彼女は、その後も友達と交流をつづけ、日常会話なら支障なくできるようになったという。英語は苦労して勉強したおぼえがなく、今も欧米人の友達と英語で話し、ベトナム人の友達にベトナム語で話しかけると英語を使えと怒られると笑った。そんなことを聞くと、これから開陳される自分の貧弱な英会話力が思いやられた。

 ベップさんの住まいは、各フロアにビリヤード台が置かれたホテル型の高級マンションだった。この物価の安いベトナムで日本円にしてウン十万円の家賃は会社持ちで、掃除やベッドメークも毎日してもらえるのだという。先日ヤマちゃんとここを訪れ、日本製のルーで作ったカレーをごちそうになった。今回は、ベトナム人の友人トゥイちゃんとともに生春巻きとタイカレーを用意してくれていた。外資系銀行に勤めているというトゥイちゃんは流暢な英語を話し、フランス語も堪能だという。彼女の彼氏のフランス人も来ており、計六人でテーブルを囲んだ。

 そのフランス人は中性的で物静かな雰囲気の男だった。映画業界で、トラン・アン・ユンの作品などのアシスタントディレクターをしていたという。仕事柄、映画関係者とのつきあいも多く、ときには女優に言い寄られることもあるが、功利的な誘惑には何も惹かれないし、彼女たちは自分という人間ではなく映画のキャスティング目的で近づいてくるのだと語った。近々、新たな仕事を得るためにニューヨークに居を移す予定らしく、そのことでトゥイちゃんとうまくいっていないようだった。ベップさんによると、ベトナム人は伝統的に家族中心の価値観が強く、兄弟はほとんど外資系企業勤務だというトゥイちゃんも家族を選んだのだという。ところが、別れるという結論に到ったらしい彼らの会話には、まだくすぶった感情が漂っていた。

 レイちゃんの英語は、率直にいえば「はじめる英会話」というラジオ講座があればその初月程度の内容だった。でも、そのレベルに関係のない自信と態度にぼくは感心した。ただ、好きな女優はだれそれなどと名前を羅列するばかりでキャッチボールが成り立たない。横滑りしていく会話に場が白けると、ベップさんが上司から頼まれているビデオ録画の話をした。彼のマンションはNHKの衛星放送が映るが、機器がその録画予約に対応しておらず、毎週わざわざ放送時刻前に帰宅して手動で録画しているのだと面白おかしく語った。ところが今度一時帰国する際にできなくなるので困っているという。録画さえしてくれれば後は部屋を自由に使ってもらって構わないし適当なお礼もするのだけれど、なかなか頼める人がいなくて、と彼は漏らした。ぼくはその頃には北上しているだろう。それでレイちゃんにどうかと振ると、彼女は小首を傾げた。
「うーん、どうしようかな」
「こんな広くて景色もいい部屋やから、のんびりすごせるよ」
「やったら、いくらもらえます?」
 その直截な言い方に耳を疑った。薄く笑っているが目は本気だ。
「よっぽどじゃないとなぁ」とレイちゃんはつづけた。「それか何かいい物とか。それ次第かな。つまんないものだったらやらない」

 こいつは正真正銘のあほや……。フォローの言葉が見つからずにぼくは絶句し、ベップさんも苦笑している。つまらないのは彼女の態度だった。損得や見返りをまず考える打算的精神が露わで、気持ちが寒々とした。何よりベップさんたちに申し訳なかった。暗闇で踊っていた彼女とは対照的に、明るいライトの下では多くの要素がカットされずにくっきり照らし出される。内面さえも。しかし元はといえば、ろくに人物も見極めずこの場に誘った自分の招いた結果だった。

 目に見えない、または瞬間しか捉えられない美しさがたくさんある。自分はきれいじゃないという屋台のおばちゃんがそばで遊ぶ子供を見守る視線や、彼女が子供の髪をなでつけるときの指先は美しかった。ただ、それは彼女自身では意識しえないものだ。そして、ぼくたちは容易に認識できる美の形ばかり追い求めたがる。しかしそれがパチンとスイッチを切るかのように色褪せて見えるとき、あるいは頭で補正していた不確かなイメージにライトがあたるとき、美のもろさをぼくは痛感する。