残照

 景洪ジンホンもまた南国情緒にあふれ、のどかさの漂う町だった。西双版納シーサンパンナタイ族自治州の中核都市で、周辺の町より大きいものの、熱帯特有の空気が町の雰囲気をやわらかにしている。

 ここまでの道中、いくつかの少数民族の村に寄った。緑鮮やかな竹林をぼくたちは散策し、池の上に張り出された厠所トイレの下に魚の群れが集まる様子を眺めた。景洪に着くと、メコン川のそばを夕陽を浴びながらのんびりと歩いた。

 黄昏の川の流れはたおやかで、河岸の細かい砂粒の感触はやわらかだ。ふたりで腰をおろし、ぞうりをぬいでその砂に足先を埋めた。対岸の畑に人影が見える。静かに揺れる川面が夕光を反射して黄金色に輝いている。ぼくたちは無言だった。ときどき、彼女が思い出したように話し始め、ぼくは相槌をうつ。ひとしきりしゃべった彼女が口を閉じると、また静けさが戻った。ぼくはずっと、アドレスの交換に書き添える言葉を考えていた。彼女のためにぼくの真心を捧げたいと、ここ数週間でいちばん集中し、目眩をおぼえるほどに。

 明日、ぼくたちは行き先を別にする予定だった。彼女もぼくとの別れを意識していた。昨晩、とりとめもない話をしていたとき、突然彼女が目に涙を浮かべた。急に悲しくなったという。どうということのない話題だったから、きっかけはなんだってよかったのかもしれない。彼女はこの周辺をもうしばらくまわり、ぼくはいったん昆明に戻って次を考えるつもりだった。当てがあるわけではなく、ぼくもこのあたりの小さな町――わけてもミャンマーやラオスの国境沿い――に興味をおぼえていたが、口にはしなかった。お互いに、そろそろ離れた方がいい。いっしょにまわらないかと誘われるたび、ぼくは首を横に振った。

「どうして」
「なんでやろ。もう十分やから、かな」
「そう?」
 ぼくは十分すぎるほどに与えられていた。これ以上を望むのは欲深というものだ。
「この何日か、ほんとに楽しかったし」とぼくは言った。「いい時間をすごせた」
 夕陽は雲の向こうに隠れ、いったん空が薄暗くなったかと思うと、空一面が鮮やかな紅色に染まった。ぼくは、中甸ジョンディエンの宿の火鉢のなかの炭の輝きを思い出した。
「わたしも」と彼女は言った。「濃かった……」

 燃えるような残照は、しだいに深い橙色に変わっていった。ぼくたちは手をつないで黙って歩いた。また彼女が話しはじめ、ぼくが相槌をうつ。空の余光はやさしく、空気はやわらかかった。

 翌日、ぼくはひとりバスに乗った。他の国にはなく中国ではじめて目にした完全フラットの寝台バスでは、進行方向にベッドが三列で二段に並んでいる。明るいうちから下段のフラットシートに横たわり、たびたび眠り入りながら、目がさめると窓の外の濃い緑と木漏れ日を眺めた。

 悲しさはなかった。日々の密度が濃く、あまりにも自然にふたりの関係が深まったので、悲しくなければおかしいような感覚があった。七日間にすぎないという事実は遠い場所にあった。ぼくたちは、ただ共感のままに自我を止めて寄りそっていたのだ。執着は浅く、相手を自我の一部に組み入れようとする欲求も薄かった。しかしそれは日数の短さゆえだったのかもしれず、これ以上になればどうかはわからなかった。

 閉じ込めようとすると、死んでしまう。それが人の魅力の面白いところだ。そしてそれは人と人の関係も同じなのだろう。大切にしようとするがゆえに自由を奪えば、その美しさやエネルギーは失われてしまう。それなのに、安定を求める欲求が不安や恐れとともに生まれ、人は生を固定させようと自己を囲いに押し込め、他人を縛りつける。しかし、その安心ははかない。はかないゆえに、安定を求める。そうやって繰り返しつつ、生を殺していくのだ……。

 夕方、バスは停車し、客は夕食をとった。ぼくはひとり小さな食堂に入り、厨房に入って仕草で注文を伝えた。生姜しょうがが見当たらなかったのでにんにくを指し、「これこれ」と言ってみた。彼女はいつも「好々ハオハオ」と言って、これを入れてほしいと頼んでいたなと思い出しながら。

 バスに戻るとまたシートに横になった。発車したバスの振動を感じながら、昼に寝すぎたためか眠気はなかった。車内灯が消されると、暗い窓の向こうをぼんやりと眺めた。深い闇のなかに、いろんな人の記憶が脈絡なく浮かび上がっては消えていった。